市場起点のプロダクト開発の考え方「マーケットイン」
現代は、テクノロジーの進化やユーザーニーズの変化が急速に起きる時代であり、企業が存続を図るためにはより“市場起点”の事業展開を行わなければなりません。「マーケットイン」とは、まさに市場起点のプロダクト開発の考え方であり、プロダクトアウトとの対比論がたびたび唱えられます。
今回の記事では、マーケットインの概要やメリット、プロダクトアウトとの違いについて解説します。今後の事業展開に不安をお持ちの方は、お役立てください。
マーケットインとは?
「マーケットイン」は、市場について調査を行い「ユーザーは何を求めているのか」「自社が提供するべきものは何か」といった仮説のもと、それに合わせたプロダクトを作り出す考え方です。
マーケットインの結果として開発されるプロダクトは、独創性が全面に押し出されたものではなく、ユーザーの求める機能・性能を満たしたものになりやすい点が特徴です。
かつては、目を引く商品・サービスでも売り上げを上げられました。しかし、デジタル技術の発展により、ユーザーが比較検討を容易にできる昨今においては、ただ独創的なだけの商品開発では、利益を上げづらくなっているのです。
「大量生産、大量消費は通じない」と言われる近年では、マーケットインはまさに時代背景に即した、安定性のある取り組みといえます。元来、マーケットインは製造業の製品開発の文脈で用いられていましたが、現在はあらゆる業界・業種に当てはまる考え方でしょう。
マーケットインとプロダクトアウトの違い
市場起点のマーケットインに対となる概念が「プロダクトアウト」です。プロダクトアウトはマーケットインとは異なり「自社で開発できるもの」「自社がこれまで培ってきた技術」に重点を置き、企業方針に沿った商品・サービスの展開を行う、いわば自社起点の考え方といえます。
もちろん、プロダクトアウトであっても、マーケティング活動を行ううえでは、ある程度はユーザーニーズにも目を向けるでしょう。しかし、あくまで目線は自社視点であり「自社の得意とする技術」「長年にわたり培ってきたノウハウ」の活用に比重が置かれます。その根底には「良いものを作りさえすれば必ず売れる」という考え方が根底にあり、高度経済成長を経験した、日本の伝統的な大企業に多くみられます。
かつては、プロダクトアウトにより事業拡大につながった事例は多数あります。しかし、多くの商品・サービスが乱立し飽和状態となっているにも関わらず、物価上昇により消費が冷え切っている昨今においてはその前提は崩れ去っています。
そういった事情もあり、近年は新規領域への挑戦や創業期において、マーケットインを前提にしたプロダクト開発が主流になったのです。とはいえ、マーケットインにも明確なメリット・デメリットがありますので、事前に詳細を把握しておくようにしましょう。
マーケットインの取り組みでは「ユーザーニーズ」が最重要
以上のとおり、マーケットインに向けた取り組みの前提には、「ユーザーニーズ」が必須です。『コトラー&ケラーのマーケティング・マネジメント基本編 第3版』(Philip Kotler&Kevin Lane Keller、丸善出版)では、マーケティングはニーズ (必要性)・ウォンツ (欲求)・デマンド (需要)の3要素から成り立つとの前提のもと、「ニーズはマーケターより先に存在する」と説明されています。
マーケットインの考え方にもこの理論が当てはまり、まず重要視すべきは「ユーザーニーズの把握である」と捉えましょう。
ユーザーが持つニーズを適切に拾っていくうえでは、仮説に基づいた「問い」の設計が大切です。ニーズの拾い上げは、ユーザーへのヒアリングも実施します。その際には、自社が抱える情報を基に、ユーザーの課題やニーズについての仮説を組み立てて、ユーザーにとって役立つ情報を“お土産”にした「情報の等価交換」を行うのが効果的です。
マーケットインのメリット
企業がマーケットイン型の事業開発を行うメリットとしては、以下のようなものが挙げられます。
- 売上予測を立てやすい傾向にある
- 商品開発の指針が明確になる
- ユーザーロイヤリティやLTV(顧客生涯価値)のアップが狙える
次項より、それぞれ個別に解説します。
売上予測を立てやすい傾向にある
マーケットインを行うためには、事前にユーザーニーズを把握するための市場調査を行います。具体的な市場ボリュームや傾向について分析するため、マーケットインでは売上予測を立てやすいのが第一のメリット です。
売上予測を行ったとして、想定以下の結果が出た場合でも、その原因を調査・分析することでPDCAサイクルを回し、マーケティング戦略を短期間でブラッシュアップできるでしょう。これを踏まえれば、マーケットインの肝はデータ活用にあるといえるかもしれません。
商品開発の指針が明確になる
マーケットインは、新たに開発する商品・サービスの方向性や、完成目標を明確に把握するうえでも重要です。マーケットインの基本原則は「ユーザーニーズを満たした商材=取り組みの目標」であり、市場で求められている商品・サービスを作っていくことになるため、明瞭な開発指針を定義できます。
目指すべき方向性がはっきりすれば、具体的なスケジュールや予算についての稟議も通りやすく、社内合意も形成しやすいでしょう。
ユーザーロイヤリティやLTV(顧客生涯価値)のアップが狙える
ユーザーニーズを参考に開発された商品・サービスは、ユーザーの満足度も高くなりやすいのが特徴です。そのため、リピート率の向上やロイヤリティの醸成につながり、継続利用によるLTV(顧客生涯価値)の上昇に貢献するでしょう。
「この企業は自分にマッチした価値を提供してくれる」という評価をユーザーから得られれば、アップセル・クロスセルの機会も増え、全体の売り上げを最大化できます。このように、ユーザーからの信頼度を高めやすい点も、マーケットイン型の取り組みのメリットといえます。
マーケットインのデメリット
マーケットインの取り組みは、企業にとってもさまざまな恩恵があるものの、次のようなデメリットも存在します。
- 革命的なヒットが生まれるとは限らない
- 競合他社と類似したものが作られるかもしれない
- 自社イメージと大きく乖離する可能性がある
上記について、次項より個別に説明します。
革命的なヒットが生まれるとは限らない
マーケットインの大命題は「市場・ユーザーが求める価値を提供すること」にあります。それは「安定はしているものの、斬新さや革新性には乏しい」ともいえるでしょう。つまり、マーケットインでは、爆発的なヒットは期待できない可能性もはらんでいるのです。
とはいえ、いちかばちかで大ヒット狙っていくよりも、ユーザーニーズに寄り添った商品・サービスで長く愛用されるように図った方が、企業を存続させるうえでは重要であると考えられます。
競合他社と類似したものが作られるかもしれない
すでに需要が顕在化しており、オリジナリティーある技術をあまり必要とせずに創出できる商品・サービスでは、競争優位性を確立しづらい点がネックです。多くの人に求められているものは、すでに他社が類似したものを提供している可能性があります。
このような場合は、他社商材の欠点を克服した“改良版”ともいえるプロダクトを開発することで、シェアの獲得を狙っていく必要があります。そのためには、マーケットインによるプロダクトの開発後もさらなる調査・分析が推奨されるでしょう。
自社イメージと大きく乖離する可能性がある
事業展開において、「ユーザーが求めるもの=自社が提供するべきもの」であるとは限らない点は、常に念頭に置いておく必要があります。「トレンドだから」とやみくもにマーケットイン型の取り組みに注力した場合、これまでの自社ブランドのイメージとかけ離れたものを提供してしまうかもしれません。
そのようなケースでは、たとえ新規ユーザーを獲得できたとしても、既存顧客が離れていく可能性すらあります。既存の自社イメージから外れる可能性があるにしても、できるだけ乖離しないようなプロモーション手法が必要です。
「マーケットイン vs プロダクトアウト」ではどちらを優先するべきか?
ここまでマーケットインの特徴について解説してきましたが、こういった考え方に反発を持つ方もいらっしゃるかもしれません。しかし、結論としては「マーケットインも、プロダクトアウトも、両方のいいとこ取り」をするのがベターだと考えられます。
企業の事業目的が「他社ではなく、自社商材を選んでもらう」ことであると踏まえるなら、プロダクト開発の起点が、市場のニーズにあろうと、自社アイデンティティであろうと、最終目標を達成できるなら問題ないのではいでしょうか。
ユーザーに多くの選択肢が与えられる時代においては、ユーザーニーズを外していては競争のレールにすら乗れないという事実は、確かにあります。しかし、マーケットインに取り組むあまり、そこに自社ならではの“強み”が存在しない商材では、競争を勝ち抜くこともできません。
そのため、より良いプロダクトアウトを開発し、市場の中でポジションを築いていくうえでは、プロダクトアウトとマーケットインをうまく共存させた取り組みを行うのが理想的だといえるでしょう。
まとめ
マーケットインとは「市場・ユーザーニーズ」を起点にしたプロダクト開発であり、「良いものを作っても売れるとは限らなくなった」現代では重要性が増しています。ただし、マーケットインに注力しすぎると、競争優位性が損なわれる可能性も否めません。
対となるプロダクトアウトの考え方にも、「自社商材の独自性を出せる」というメリットがあります。そのため、マーケットインとプロダクトアウト両方のバランスが取れた商品・サービス開発を行いましょう。