大分県の観光振興を担う二つの組織
MarkeZine編集部(以下、MZ):まずは皆様の自己紹介からお願いします。
西山(大分県庁):私が所属する観光誘致促進室では、プロモーションや個別の誘致活動のほか、県内の受け入れ整備など観光に関する取り組みを進めています。私の主な担当業務の一つが、デジタルマーケティングの推進です。
三浦(ツーリズムおおいた):私は大分県内18市町村の観光振興を目指す観光地域づくり法人・ツーリズムおおいたに所属しています。西山さんをはじめ大分県庁のメンバーとは、データを基に観光施策を考えるなど、密に連携しています。
宮﨑(アド・セイル):私は四国を拠点とするデジタルマーケティング会社のアド・セイルで、自治体や企業様向けにデータ活用の自走化を支援しています。
安藤(三井住友カード):私はデータビジネスプランナーとして、キャッシュレスデータを用いた分析の設計や戦略立案のコンサルティングなどを自治体・企業様向けに行っています。
相原(三井住友カード):キャッシュレスデータを用いた分析業務を担うアナリストとして、別のチームと協力しながらデータクレンジングを行い、分析実行後のレポーティングまで担当しています。
観光PRにおいて消費金額は「最適な指標」
MZ:ツーリズムおおいたでは、大分県の観光施策に役立てる目的で各種調査事業を行っているそうですね。その一環で、観光分析に協力可能なパートナーを公募したとうかがいました。宮﨑さんと安藤さんから、応募の背景とツーリズムおおいたへの提案内容をお話しください。
宮﨑(アド・セイル):観光分野におけるWebプロモーションでは、サイト訪問者などのオンラインデータは把握しやすいものの「実際に大分県へ来訪した人数」そして「県内で消費された額」の把握に課題がありました。キャッシュレスデータを活用すれば、大分県を来訪した方の消費額まで把握できると考え、三井住友カード様にお声がけした経緯です。
安藤(三井住友カード):ツーリズムおおいたと大分県庁の皆様は「分析して終わり」ではなく、分析結果を打ち手につなげる姿勢を重視されています。観光客の消費動向をマクロに捉えることのできる当社と、プロモーションの知見を豊富にお持ちのアド・セイル様となら、両社で有益なご支援ができると思いました。
コロナ禍前後の観光客の消費動向変化をキャッシュレスデータから紐解き、属性別の消費実態やトレンドをお見せすることによって現状把握・戦略策定・施策立案を支援する提案を行いました。
MZ:ツーリズムおおいたが三井住友カードとアド・セイルの提案を採用したポイントはどこにありますか。
三浦(ツーリズムおおいた):私たちの思いを具現化できる可能性です。観光プロモーションの成果を可視化するにあたり、消費金額は最適な指標と言えます。キャッシュレスデータを活用する提案はほかにもありましたが、データの精度や予算など様々な面を考慮して、三井住友カード様とアド・セイル様に決めました。
来訪が活発な20代と高単価な60~70代
MZ:どのように観光分析を進めたのでしょうか。
相原(三井住友カード):観光プロモーションは「20代のお客様が多いから、20代に注力しよう」というわけにはいかず、すべての年代をカバーする必要があります。そのため、年代ごとの傾向を丁寧に分析し、それぞれに合わせた訴求を考えられるように意識しました。
相原(三井住友カード):消費データの分析によって、20代の若年層と60~70代のシニア層に顕著な傾向が見られたのです。ともに来訪が活発で、20代の多くはコロナ禍でも大分県の新しい施設などを訪れていました。60~70代の方はコロナ禍が落ち着き始めた2022年ごろから一気に大分県を訪れています。高単価な旅館やゴルフ場で消費されている動向が見られました。
三浦(ツーリズムおおいた):実際、シニア層に向けたプロモーションで「ゴルフを楽しみに大分へいらしてください」と訴求したところ、ゴルフ場の消費額が増加しました。
相原(三井住友カード):若年層とシニア層の来訪および消費が活発な一方、それ以外の世代は伸び悩んでいる状況です。コロナ禍の落ち込みから回復できていない実態が2022年のデータによって明らかになりました。今後は伸び悩んでいる層に向けた最適なアプローチを探り、次の施策につながる仮説を提示する考えです。
広告配信にタッチしていない我々だからこそ、フラットな立場でデータを分析してクライアント様にお伝えできる点が強みだと思います。伸び悩んでいる層があればその旨を率直に伝え、改善策を一緒に考えることができるからです。
三浦(ツーリズムおおいた):今回、三井住友カード様やアド・セイル様と最新のデータを見ながら毎月ミーティングを実施できたことも大きかったと思います。スピード感を持ってPDCAを回すことにより、コロナ禍という未曽有の変化を前にしてもタイムリーに動けました。
キャッシュレスデータで根拠のあるPRを
MZ:ここからは、大分県庁が主体となって実施したプロモーション業務委託の公募についてうかがいます。どのような背景で公募を実施されたのでしょうか。
西山(大分県庁):行政のPRでは「プロモーションを実施して終わり」という事業設計が少なくありません。しかしながら2022年秋に全国旅行支援が始まったことで、どの自治体も観光誘客に力を入れています。だからこそ大分県ではデータを基に根拠のあるプロモーションを実施し、明確な効果検証を行いたいと考えたのです。当然EBPM(※)の流れも影響しています。
※Evidence Based Policy Makingの略称。証拠に基づく政策立案のことを指す
三浦(ツーリズムおおいた):旅行会社経由の来訪者の割合が減ってきている影響もありますよね。これまでは旅行会社に聞けば来訪者の反応やパッケージツアーの売れ行きをキャッチアップすることができましたが、今は私たちが直接来訪者にアプローチしなければなりません。そこで重要な物差しの一つがキャッシュレスデータなのです。
西山(大分県庁):ターゲティングの精査からカスタマージャーニーの設定まで、各種データを基にプロモーションを実施するべく公募を行ったわけです。アド・セイル様にはEBPMの観点を踏まえ、私たちが求める提案をしていただきました。
“夜”にフォーカスして消費額を上げる
MZ:アド・セイルは具体的にどのような提案をしたのでしょうか。
宮﨑(アド・セイル):観光プロモーションにおいては「実際の来訪につながったか」「消費されたか」が重視されます。三井住友カード様の分析結果から、宿泊を伸ばさなければ消費金額増にはつながらないことがわかったのです。少しでも長く滞在して多く消費していただくため、“夜”にフォーカスして「ミッドナイトおおいた」というコンセプトを提案。合計8種類の動画を制作し、ペルソナに合わせて広告を配信しました。
宮﨑(アド・セイル):広告の表示回数やクリック数はKGIにならないため、キャッシュレスデータと来訪計測の仕組みを組み合わせて効果検証を行いました。
安藤(三井住友カード):我々としても「分析して終わり」にはしたくありませんでした。当社のキャッシュレスデータ分析とアド・セイル様が持つ広告配信のご知見を組み合わせることで、現状把握・ターゲットの発見・広告配信・効果検証と、価値ある観光政策をトータルでプロデュースできると考えたのです。
MZ:効果検証の結果、どのようなことが見えてきましたか。
相原(三井住友カード):ミッドナイトおおいたを公開した2月は例年消費が落ち込む傾向にあるのですが、夜の消費に限ってキャッシュレスデータを見たところ、特に2023年2月以降は消費額が上がっていました。力を入れて訴求していた飲食カテゴリの伸びが顕著だったため、施策がしっかりと響いていることがわかります。
西山(大分県庁):大分の夜を知っていただくことで、ナイトタイムと宿泊の消費額に増加が見られたのはうれしかったですね。アド・セイル様に制作していただいた動画は良い意味で“攻めた”動画に仕上がっており、県庁内外で好意的な反応をもらっています。
データドリブンな自治体がリードする時代に
MZ:皆様の今後の展望やチャレンジされたいことについてお話しください。
西山(大分県庁):煩雑なデータの中から深い示唆を汲み取って施策に落とし込むことは非常に難しいと感じます。加えて県庁職員は定期的な部署異動があるため、部署が変わるたびに一から業務のノウハウを身につけなければならないのです。
西山(大分県庁):今回は三井住友カード様とアド・セイル様に、誰が見てもわかるデータと言葉で課題の発見や打ち手の提案をしていただけたため、マーケティングの実務経験がほぼなかった私も知見を得ることができました。これから観光に携わる自治体の方々にも、同様の経験をしてもらいたいです。
三浦(ツーリズムおおいた):我々は引き続き行政と連携を取りながら、観光誘客の体制を盤石なものにしていきたいです。これまで単体市町村のマーケティングは、リソースの問題から勘と経験と度胸に頼らざるを得ませんでした。昨今は行政でもデータが重視されているとはいえ、単体市町村ではできることが限られています。私たちはDMO(※)として各市町村と連携をとりながら、データドリブンな取り組みを進める考えです。
※Destination Management Organizationの略称。観光地域づくり法人のことを指す
宮﨑(アド・セイル):データはゴールを共通化して関係者が足並みを揃えるためのツールです。今後も自治体や企業様の自走化を支援していきたいと思います。
相原(三井住友カード):「インバウンドの消費」や「リピーター消費」など、今回のデータ分析では見えてこなかった部分を可視化して、施策につながる材料を提供していきたいです。
安藤(三井住友カード):2023年はアフターコロナの門が開く年だと思います。インバウンドや観光客の動きはさらに大きく変化するはずです。このことは、従来通り勘と経験と度胸だけに頼り続ける自治体と、データ起点で変化を捉えて戦略を考える自治体の間に大きな差が生まれることを意味します。今後もキャッシュレスデータを活用したご支援を通して、大分県の観光のニューノーマルを皆様と一緒につくっていきたいです。