ブルーオーシャンだった「日常×ブランド」の領域
磯山:お二人は、カフェスタイルや物販店の店舗事業とオンラインのEC事業を通して日本茶、特に煎茶を取り扱っていらっしゃいます。そもそも「お茶」に行き着いたきっかけはなんだったのですか?
谷本:事業として取り組むべきものを模索し始めたとき、デザイン会社としてプロダクトを取り扱う以上、僕たち自身がアイデンティティを持てるものが良いと考えていました。そのため、プロダクトの根っこが自分たちのルーツである日本にあるといいなと思っていて、それがない限り世界には出ていけないと思ったんです。色々と考えた結果、日本人が長く付き合ってきて、文化として根付いている「お茶」にフォーカスしました。
また、「お茶」には経済的なポテンシャルも感じていました。これまでのお茶業界は大量生産・薄利多売で市場が成り立っていました。その一方で、付加価値はあまり着目されていない。
このような市場環境で、「日常生活で自分をちょっとリフトしてくれるような高い付加価値を付けたお茶」「日常で消費されるもの ×ブランディング」というポジションはブルーオーシャンでした。
青栁:ペットボトル飲料が当たり前になったことで、若者にとっても、「お茶」は普段購入する飲み物として選択肢に入っています。ただし、ペットボトルの誕生がすごくイノベーティブだった分、それによって失われたものも少なからずあると思っています。たとえば、複数人でお茶を囲んで楽しんだり、お茶を飲んでリラックスしたりといったことは、ペットボトルでは体験しがたいものです。
ペットボトルの利便性が必要なシーンもあれば、茶葉から淹れて飲む体験が重要なシーンもありますよね。ペットボトルでは作れない体験を提供することで、住み分けていきたいと考えています。
磯山:ペットボトルは便利で手に取りやすいですけど、感動的な体験は得にくいですよね。
青栁:僕たちは「おいしいお茶がある暮らし」を掲げていて、お茶のバトンを次世代につないでいこうとしています。そのためには、「飲み手(=消費者)」と「作り手(=生産者)」の両方が必要です。
作り手を増やすことに我々が直接関与できるわけではありませんが、飲み手を増やすことで取引量が増えれば、理屈としては作り手の皆さんが事業を続けられる確率は上がります。そのためにも、オンラインとリアル店舗の合わせ技で一般消費者との接触機会を増やし、飲み手の様々な体験価値を創り出そうとしています。
リアル店舗は五感を使ったお茶体験の入口
磯山:ECに先立ってリアル店舗を構えていらっしゃいます。オンラインのほうが事業の成長スピードは速そうに思えるのですが、リアル店舗から始めた理由はあるのですか?
青栁:創業当時、コーヒーカルチャーの台頭がすごい勢いだったんです。その状況でお茶のオンライン販売をしても、インパクトが弱いんですよね。コミュニケーションも含め、体験価値を上げるには、やはりリアル店舗がいいのではないかと考えました。
谷本:お茶に詳しくない人でもここに来ればどっぷり世界観に浸れるという体験は、やはりオンラインでは得がたいですよね。また、既に茶葉から淹れてお茶を飲んでいる人が我々のブランドに切り替える動機付けも、オンラインでは弱くなってしまいます。
磯山:やはりリアルの体験に勝るものはないですよね。
谷本:日本の方は原体験としてお茶を飲んだことがある方が多いので、知っているものを思い出させてあげることで、思い出を含めて体験が重厚になります。さらに懐かしい体験だけではなく、モダンな見た目や透明急須、おいしく淹れられるレシピなどを用意して、店舗体験をアップデートしているのです。
青栁:オンラインも店舗も目指しているベクトルは一緒なのですが、お客様に刺さる深度が全然違います。たとえば、一煎目と二煎目の色や味の違い、お茶を淹れる音やシズル感など、五感に関するものはオンラインでは伝えづらいので、リアル店舗ならではの価値ですよね。
磯山:店舗での体験を入口にして、オンラインにも来てもらうという導線なんですね。
青栁:オンラインではお茶の道具やレシピ、ペアリングなどを紹介して、お茶のライフスタイルメディアとしてコンテンツを増やしています。その結果、店舗から入ったお客様が普段はオンラインで買い物をして、また店舗にも来るというサイクルも生まれていますし、お茶を買った方が次は器やお菓子を買うという流れもできてきました。
磯山:オンラインとオフラインをつなぐ取り組みは何かありますか?
青栁:前提として、店舗もECも顧客基盤は同じデータベースにしています。その上で顧客体験全体に大きく寄与しているのが、毎月お茶と冊子が届くサブスクサービスの「TOKYO TEA JOURNAL」です。
サブスクに入ると、オンラインの商品だけでなく店舗利用も15%オフになるので、会員の方は「せっかく東京に来たし、東京茶寮に行ってみよう」といったようなサイクルも生まれます。我々のファンになってくださる方々の生態系を作っていく上で、とても効果が出てきていると感じています。