ちょうど良い数字を出す幸福度の高い企業
戦後本格的に導入された資本主義経済の影響は、日本のみならず世界中に及んでいる。私はこの社会のあり方を糾弾したいわけではない。

少子化や高齢化などの慢性的な問題を抱えながら、これほどまでに豊かな日本があるのは資本主義のおかげである。その事実に一点の疑いもない。なんなら「上場企業の経営者」という私の仕事は資本主義経済のど真ん中にあると言っても良い。自らそのフィールドを目指した身である私に、資本主義社会を糾弾する理由は一切ない。
ではなぜ筆を執ったのか。それは「全ての企業が右肩上がりの数字を追い求めるべき」という風潮に警鐘を鳴らしたかったからだ。右肩上がりの数字でなくとも、企業にとって“ちょうど良い”数字を出しながら持続可能な経営を実行し、総合的に上手くいっている企業──つまり「幸福度の高い企業」は存在する。
30代前半で初めて上梓した専門書をきっかけに様々な自治体から声がかかり、私はセミナーの講師として全国を周り始めた。年間40~50ヵ所を周りながら、交流を深めた企業・経営者は数多い。安易に売上の急拡大を目指さない企業や、忙しくなることを避けるため今以上の売上を目指さない企業、利益を微塵も出さないよう徹底的に管理している企業など、一般的なセオリーを無視した経営方針にも出会った。興味深いのは、その企業の経営者のみならず、従業員の方々も自社の経営方針を楽しそうに語ってくれる点だ。「売上が全てではない」「企業の幸せの形は千差万別である」と考える原体験になった。
知らないことについて考えることはできない
数字だけを追うことのない企業は、得てして世間に知られていないことが多い。私は「いつかこれらの企業にスポットライトを当てたい」と思った。数字を追うことの是非を問うためではなく、多様な選択肢を示すために。以上が本連載を始動した背景だ。
私が本連載を通して読者に伝えたいのは「企業には適切なサイズや形がある」ということだ。身の丈に合わない企業のサイズや形を求めると、必ずと言って良いほど行き着く先は不幸である。上場をしたほうが良い企業もあれば、しないほうが良い企業も数多くある。M&Aをしたほうが良い企業もあれば、そうでない企業もある。当然のことだ。
「上場企業の経営者が田舎の中小企業の経営者より偉い」などということも全くない。前者と後者はラグビーとバスケットボールくらい違うとも言える。つまり、全く異なるゲームに参加しているだけなのだ。
では、経営者自身が自社にとってのちょうど良さ、つまり身の丈を知るにはどうすれば良いのか。私は多くのサンプルを見る・知る必要があると考えた。人は自身が知らないことについて考えることはできない。ほかを見ること・知ることが第一歩になるのだ。本連載では私がこれまで出会った企業の中から、ユニークかつ想像を超えるビジネスアプローチや組織運営の実践企業を取り上げる。