優れたUX作りに必要な3つのプロセスとは?
田中氏によると、優れたUXとは「顧客の状況を適切に捉え、不幸せな状況を幸せな状況に変容させる体験」だ。それを作るプロセスは3つに分解できる。
最初のステップは「顧客状況の把握」だ。顧客の属性データだけでなく、状況データ(時系列に並んだ行動データと心理データ)を分析し、ターゲットとする“状況”を決定する。
ここで重要な状況データとは何か。これまで多くの企業は属性データを様々な手法で分析してペルソナを作り、地域、年齢、職業などの属性に応じたターゲティングを実施してきた。一方、人はビジネスの場、家族といるとき、友達に会うときなど、状況に応じて求める体験が変わる。
そのため、状況を視野に入れたターゲティングをすれば、解像度が高まる。たとえば「30代主婦・子持ち+買い物」「40代男性+通勤途中」というように、「買い物」や「通勤途中」などの属性に状況をプラスした市場定義が効果的だ。
2つ目のステップは「UXの企画」。ターゲットとなる“状況”において、ペインポイント(顧客の悩み)をゲインポイント(利得)に変容させる、あるいは改善する体験を決定する。その大きな方向性は2つ。顧客の心を動かす「Emotional」と、不便からの解放につながる「Frictionless」だ。
体験を決定したら、最後のステップ「UX施策の実行」となる。外部環境や自社都合による制約を考慮してUX改善施策とその実行方法を検討し、実行する。
同社が支援したチェーン系喫茶店の事例では、顧客のロイヤルカスタマー化という課題に対して、公式アプリの利用率が低いことや、顧客調査で抽出した弱みを不調要因として特定。具体的な1to1の施策を提案した。
「ペインポイントに対しての代表的な顧客状況と体験(解決策)のセットが“方程式”。この方程式をいくつ作っていけるかが今後のデジタル時代ではとても重要です」(田中氏)
実行後は、効果検証のために1つ目のプロセスに戻り、繰り返し状況把握、企画、実行と進めていく。
UX作りで企業が直面する3つの難題
しかし、このプロセスを進める際、多くの企業がステップ1の状況把握において複数の問題にぶち当たる。
顧客の状況把握には2つの前提条件が必要になる。まず、データ量を担保するための高頻度な接触だ。状況を正確に把握するためには一定のサンプル数が必要。「タッチポイントの数×各タッチポイントの利用頻度」が少ないとデータ量を担保できない。
次に、データの質を担保するためのID統合。タッチポイントには、ハイタッチ(リアルの1対1のコミュニケーション、コールセンターなど)、ロータッチ(リアルの1対nのコミュニケーション、店舗など)、デジタルタッチ(デジタルで量産可能なタッチポイント、ECやWebなど)がある。これらを1つのIDで時系列に並べて統合する。
田中氏は「IDデータが統合されていても、時系列で見られなければまったく意味がない。状況は前後の行動に起因して変わるからだ」と話す。
この2つの前提条件をクリアした後、2つ目の問題として挙がるのがGAFAM(Google、Amazon、Facebook、Apple、Microsoft)の存在だ。WebやSNS、広告、メールなど、高頻度でデータを取得できるデジタルタッチポイントの多くは、外資プラットフォーマーが独占しており、多くの企業は状況データを獲得しにくい状況にある。そのため、十分な状況データが得られず、満足いく効果検証が難しくなっている。
3つ目の問題は、顧客の本音を聞き出すタッチポイントが少なくて状況が把握できない、あるいは分析に多くの時間を要することだ。本音がわかるデータが少ないと、属性データによるシーケンス分析、カスタマーサポートの分析、NPSスコアの参照といった工程が必要になる。
「以前は弊社もこういった分析手法を駆使しており、工数がかかっていました。また、売上やログイン率などの間接的なデータで仮説検証をしていましたが、顧客に直接聞いたわけではないので本当にそうだったかはわかりません。このように、属性データだけで分析して結論を出すのは『妄想分析』に過ぎないのです」(田中氏)