映画『怪物』から生まれるかもしれない現代人の欲望
ここまでの話を2023年のヒット映画『怪物』(是枝裕和監督・坂本裕二脚本)の分析で説明します。キャストもスタッフも一流ですが決して派手な題材ではありません。しかし圧倒的なクオリティの人間ドラマによって口コミが盛り上がり、興行収入20億円を超えるヒットになりました(2023年7月時点)。
以下、内容には触れませんが微妙にネタバレ注意です。
この映画では登場人物それぞれの視点で怒りと哀しみが紹介され、鑑賞者はそのたびに「わかる~悔しいよね~」と感情移入していきます。しかし登場人物の利害は完全に対立しているのです。そうなると一体誰が悪者なのかがわからなくなり自分の中にある「正しさ」が大きく揺さぶられます。クライマックスでは実際に主人公も俯瞰した視点を得て激しく動揺します。「怪物」と題されたこの映画ですが、視聴者は自分の中にこそ「決めつけ」という怪物がいるのだと突きつけられるのです。
「FUKAYOMI」フレームワークに当てはめると
1.欲望の発見
いったい誰が「怪物」なのかを突き止めてやりたい
2.欲望の解消
近視眼的に決めつけを行う人間そのものが「怪物」だった!
この直線上で考えると鑑賞後に引き出される「価値観の変化」は、自分自身も「怪物」なのかもしれないという疑いだと考えられます。ことあるごとに自分の思考フレームを再確認する必要性に迫られるかもしれません。これは思い込みや決めつけではないか、何かの偏見や固定観念に囚われてはいないか。
少し視野を広げて考察してみましょう。日本にもかつて誰もが信じていた特定の価値観、生き方の「正解」がおぼろげながらも存在していました。たとえば、大企業・年功序列・四人家族・マイホームといったライフスタイルです。しかし長らく続く経済の低成長やグローバル化、テクノロジーの高速進化によって圧倒的な多様性と自由度が生まれ、今では「正解」は幻想と化したと言っていいでしょう。
これらに呼応するようにビジネス界隈でバズワード化しているのが「ネガティブケイパビリティ」です。「性急に答えを出さずに不確実さに耐える力」と説明されます。「耐える」と言われるように、白黒はっきりせずに不確実な状態は人間にとって不愉快なものです。
この困った状況に置かれた日本人を『怪物』はエンターテインメントの力でポジティブに刺激しました。ぶつかる様々な見解を俯瞰した立場で観察して答えを出すことなくフムフムすること自体がおもしろい。多視点の情報収集によって混乱しつつも、「少し賢くなった」状態は実はとても気分がいいのです。
『怪物』だけではありません。ミニシアター系でヒットした『福田村事件』や『逆転のトライアングル』、大反響を呼んだTwitter小説『この部屋から東京タワーは永遠に見えない』、不動の人気を誇るポッドキャスト『コテンラジオ』も同様の性質を持っています。我々はこの“フムフム”という“新しい欲望”に「メタというカタルシス」という名前を付け、2024年の欲望トレンド予測の一つとしました。
「FUKAYOMI」フレームワークに当てはめると
3.価値観の変化
無意識の決めつけは恐ろしい。自分もそうなっていないか
4.新しい欲望
メタというカタルシス。俯瞰こそがおもしろい
