生成AIが増幅させる問題、その解決の糸口とは?
OpenAIのサム・アルトマンは、わかっていたはずだ。いや、彼だけではない。シリコンバレーの経営者や技術者の中には、この問題を解決したいと考えている人がいるし、そこに大きなビジネスチャンスがあると見通している人たちがいる。
その解決の糸口の一つは、「アド・ベリフィケーション(Ad Verification)」である。アド・ベリフィケーションとは、簡単にいえば、偽インプレッションや偽クリックが発生して、結果的に、広告主への請求金額が水増しされていないかを検証(verify)する。悪質なボットによるアクセスなどを暴き、ホンモノの人間によるアクセスを割り出す仕組み・技術といっていい。つまり、この仕組み・技術がやっていることの実態は、「ヒューマン・ベリフィケーション(Human Verification)」なのである。
このヒューマン・ベリフィケーションの重要性は、もちろんGoogleもわかっているし、イーロン・マスクなども対策を急いでいる。SNSのX(旧Twitter)は2023年10月、新たな利用者に年1ドルを課金する試みをニュージーランドとフィリピンで始めた。イーロン・マスク曰く、「本物のユーザーの邪魔をせずにボット(投稿や閲覧の自動ソフト)と戦う唯一の方法」とのことだ。「偽情報をばらまき、詐欺にも使われるボットの増殖を課金というハードルを設けて抑えこもう」と続く(出典:『ミッション:本人確認 社会を揺さぶる「あなた本物?」』)。
上記の記事にはGoogleの取り組みも紹介されている。Googleは「パスワードの終焉(しゅうえん)」を宣言し「(パスワードは)もはやデータを守るのに十分ではない」と表明した。その代替手段として「パスキー」を推奨し、「パスワードではなく指紋や顔の生体情報など」をアカウントにログインする際の標準にするらしい。
ここで問題なのは、「あなた本物?」ということなのだが、AI(および、生成AI)の普及がこの問題を増幅することは、わかっていた。だから、サム・アルトマンは、「Worldcoinプロジェクト」をやっているのだ。
「Worldcoin」のウェブページに「A more human passport for the internet」と書かれている。この「human passport」とは「World ID」と呼ばれていて、人間の眼球(虹彩:iris)をデジタルスキャンすることで付与される。また、このデジタルスキャンによって「World ID」を発行すると、約60ドル相当の暗号資産「Worldcoin」を無料で受け取れるとのことだ(参照:「仮想通貨ワールドコイン(WLD)とは?買い方や将来性を徹底解説!」)。
「Verify your humanness」というフレーズが「World ID」のウェブページにある。まさに、「あなたの人間性の証明」のために必要なのだ。
日経の記事『アルトマン氏財団、SNSやECで「人間」認証 AIと判別』では、Shopifyやアルゼンチンのメルカドリブレ、SNSではレディットやテレグラムなどと認証IDを連携したと紹介している。
ここに、新たな価値形態が導入されている。お気づきだろうか?
「Worldcoin」は、ビットコインと同じようなブロックチェーンで管理されている。「Worldcoin Token(WLD)」として流通させていく算段だろう(参照:『ADVANCING DECENTRALIZATION』)。
「Worldcoin」とは、つまり、トークンなのだが、私の理解では「Fungible Token=FT」だ。一方で、「World ID」とは何か? これは、「Nonfungible Token=NFT」のはずだ。念のために、確認しておきたい。
「Fungible tokens or assets are divisible and non-unique.(意訳:FTは、分割できて、ユニークではない)」
「Nonfungible assets, on the other hand, are unique and non-divisible.(意訳:NFTは、他方で、ユニークであり、分割することができない)」
(出典:「Fungible vs nonfungible tokens: What is the difference?」)
つまり、「World ID」は「Verify your humanness(あなたの人間性の証明)」のために必要な「human passport」であり、ユニークであって、分割することができない、NFTなのだ。
ここに導入された新たな価値形態は、FT‐NFTの構造に基づく、価値形態だ。そして、貨幣論に通じている人ならピンとくるはずだ。貨幣とは、金本位制崩壊以後、特に1985年のプラザ合意以降の管理通貨制度の下では、外国為替のコンピュータ取り引きをみればわかるように、「Fungible Token=FT」なのだ。
そして、旧来型の経済において、一人一人の人間の本人確認は、パスポートや自動車免許証、健康保険証、マイナンバーなど、公的機関が発行する記号・番号が、現在、多くの国で採用されている。一人一人の人間のための記号・番号なので、当然だが、ユニークであって分割することができない「Nonfungible Token=NFT」なのだ。
余談だが、人間も経済的には「労働力商品」であり、かつ、国家の徴税のために戸籍や住民票が付与され記号や番号の割り当てがあるという見解もある。だから、うちの会社の財産は人・社員である、国家の財産は人であるなどと表現する。無意識に、人間を「Nonfungible tokens or assets」として扱っている訳だ。
貨幣経済とは、FT‐NFTの構造を持つ価値形態で経済的取引がおこなわれる共同体である(貨幣共同体)。そして、その中で、「一般受容性」を獲得したFTが基軸的ポジションを占めるとき、貨幣(通貨)と呼ばれる(参照:Wikipedia「価値形態」)。
この構造をサム・アルトマンは理解しているからこそ、AIの普及と並行して「Worldcoin」(FT)‐「World ID」(NFT)にチャレンジするのだ。
1998年、GoogleのPageRankは、リンクー被リンクの構造に着目し、「人々の間で広く受け入れ」られているウェブページを判別し、新たな価値形態をネット空間に構築した。
2022年、OpenAIのChatGPTは、AIの普及が結果的にGoogleの価値形態の破壊を加速すると知りつつ、その象徴的役割を担った。そして、「Worldcoin」(FT)‐「World ID」(NFT)を新たな価値形態として構築した。
ここで重要なのは、人間の価値が高まるということだ。「アド・ベリフィケーション(Ad Verification)」の背後にあるのは、ボットによるアクセスやAIが乱造したコンテンツには価値がないという感性だ。きちんと「ヒューマン・ベリフィケーション(Human Verification)」を実施して、人間のアクセスや人間が作ったコンテンツを証明することに意義がある。だから、「World ID」を取得した人は、その対価として、言い換えれば、生身のホンモノの人間である対価として、「Worldcoin」を受け取れるのだ。
同時並行で、画像・動画など「コンテンツ・ベリフィケーション(Contents Verification)」の技術も開発されている。
「画像をサイトに上げると、対応するカメラで撮影したデジタル署名入りの画像であれば撮影場所や撮影者といった情報を見られる。このデジタル署名は世界的な標準規格になっており、ニコンやソニー、キヤノンも使う。AI製や改ざん画像であれば「コンテンツ認証情報なし」と表示され、見分けることができる。」
出典:『ニコンやソニー、「AI偽画像」防ぐカメラ 電子署名で)』
ここでも重要なことは、人間の価値が高まることだ。人間製のコンテンツじゃないと意味がない、AI製コンテンツは価値が劣る、という感性だ。
