ブランド論 第一人者 田中洋による、対談前書き
石井淳蔵先生は長らく神戸大学でマーケティングの教鞭を執られた日本のマーケティング界のビッグ・フィギュアであり、マーケティング理論のインフルエンサーであることは今更言うまでもない。今回、石井先生とぜひ対談したかったのは、もちろん先生の大著『進化するブランド』のお話を伺いたかったためであるが、私としては、石井先生のような大家が四半世紀(!)ぶりに、あらためてブランドに関心をもたれたのはなぜなのか、そこをぜひお伺いしたかった。こうした目的は対談の中で石井先生に存分に語っていただくことでかなえることができた。
対談内容をお届けする前に、私なりになぜブランドに進化が生じるのか、について覚書として考察したところを記してみたい。私の解釈では、「反進化型ブランド」は「市場計画型ブランド」と言いかえることができる。つまり、市場を検討し、その規模や傾向性から、その企業のブランド戦略の方向性を計画的に決めるやり方である。こうした方法は、一般企業、特に大企業では普通に行われているやり方であって、なんらの不思議はない。社内で新しい分野に進出するとき、「この市場はこうなっていて、ここに機会がある」と社内で提案される。こうした提案に基づいて計画的に作られていくようなブランドが反進化型である。
一方、「進化型ブランド」と言われているのは、私の考えでは「課題解決型」と言うべきブランドである。課題解決型とは、起業家に特徴的であるが、自分自身が感じていた課題、特に社会・経済・経営的な課題について、その課題を解決せねば、という思いから創られたブランドということになる。
たとえば、ヘアカット専門で成功を遂げたQBハウスを創業した小西國義氏は、1995年ごろ、それまで自分へのご褒美として通っていた高級な床屋のサービスに疑問をもった。「『顧客のために』と提供されているサービスや心配りは、人によって、もしくは場合によっては有難迷惑であったり、『不要なサービス料金分が顧客負担となっているのはいかがなものか』と思うようになりました」と述べている(出典:PR TIMES STORYより)。
これは起業家が個人的な疑問から出発して、その疑問を解決すべくブランドを立ち上げた例になる。こうした場合、ブランドはその都度、起業家が感じた課題に対応して「進化」を遂げるのである。
つまり、進化型か、反進化型かは、市場に対して計画的にふるまうか、個人的な思いや課題を解決したいという動機に基づいて行動するか、で決まってくることになる。むろん、この二つのアプローチは全く異なるものではない。実際にはこれらが入り混じった形で進行することが多い。一つの企業の内部でも、市場計画的アプローチと課題解決型アプローチとが入れ替わりに実行されることもある。その結果、ブランドは進化を遂げるのではないだろうか。
いずれにせよ、石井先生が提案された「進化型ブランド」モデルは、さまざまな「理論的」インスピレーションを我々にもたらす。こうした刺激をもたらしてくれるような書物に出会えること、それは我々とって大きな啓示にほかならない。