リテールメディアを取り巻く現状
──今、多くの広告主がリテールメディアへ熱い視線を送っています。そうしたニーズの高まりについて、藤田さんはどのようにお考えでしょうか。
藤田:この盛り上がりには、大きく2つの背景があると考えています。1つはID-POSの活用です。ID-POSとは顧客IDと紐付いたPOSデータのことで、ID-POSに蓄積された購買情報を、適切な許諾を取得した上で広告配信に活用しています。
藤田:ID-POSの活用により広告主は、自社商品の購入者だけでなく、その商品カテゴリーに興味を持つ層や、今後購買が伸びると期待される層など、マーケティング課題に応じてアプローチしたい生活者へ効率的にリーチできるようになりました。たとえばコスメブランドが季節ごとに新色を発表する際、限られた広告予算で成果を最大化するには、前回の購入者へリピートを促すことが効果的です。ID-POSを活用すれば、こうした既存顧客への効果的なアプローチが可能になります。
もう1つは、スマホ決済の普及です。これにより、IDとそれに紐付く購買履歴が取得可能になり、キャンペーン施策の効果検証がより精緻に行えるようになりました。顧客IDと購買履歴が把握できるため、キャンペーンへの接触と購買の因果関係を明確にし、施策の成果を計測できるようになりました。
リテールデータとリテールメディアの活用は、洗剤やコスメ、飲料、食品などの商品回転率が高い日用品、いわゆるFMCG(Fast Moving Consumer Goods)と相性が良いと思います。ただ、当社のFMCG系のクライアント企業様の動向を見ると、リテールメディアの活用は一部の先進的な企業にとどまっている印象です。言い換えると、伸びしろは非常に大きいと考えています。
国内電通グループ120年の歴史に転換点をもたらすリテールデータ
──メリットがありながらも、一部企業の活用にとどまっているわけですね。
藤田:リテールデータやメディア、店頭活用の現状を見ると、まだそのポテンシャルを十分に引き出せていないと捉えています。たとえば、リテールデータの活用用途は、「特定の商品やカテゴリーの購入者への配信」や「施策の効果検証」が主流です。しかし、購買ログをさらに有効活用することで、購買から逆算したプランニングが可能になると考えています。
私たちは、この「購買から逆算する」プランニング手法を「リバースファネルプランニング」と呼んで日々磨き込んでいます。この手法は、クライアント企業様のコミュニケーション活動に伴走してきた国内電通グループ(dentsu Japan)の120年以上の歴史においても、非常に大きな転換点になると捉えています。
これまでは、アンケートのような意識データ、検索やクリックなど興味を示す行動データをベースにプランニングを進めてきました。しかしリテールデータを活用すれば、購買行動をログベースで捉えた上で、その生活者にアンケート調査を実施することが可能です。もちろん法令遵守や許諾の取得が前提にはなりますが、たとえばある商品をドラッグストアや食品スーパーで定期的に購入している方や、モールECでまとめ買いしている方を購買ログで判別して、アンケートやインタビューに協力いただくことで、精緻なインサイトを掘り下げることが可能になります。
購買ログを基に購入者の解像度を上げた上でプランニングし、広告などでアプローチする。その後、再び購買データを基に施策の効果を検証して改善する。こうした環境は、施策の精緻化と効果の最大化をもたらし、マーケティング活動を大きく進化させる可能性があると思います。
複雑化するリテールメディア活用の課題とは?
──リテールメディアの活用では、現在どのような課題があるのでしょうか。
辻森:リテールメディアの認知と活用は急速に拡大していると感じますが、それにともないメーカー企業、小売企業双方の課題も多様化しているように思います。
辻森:メーカー側では、リテールデータを用いたデジタル販促による配信の効率化やリテールへの送客数増加といった成果を喜ぶ反面、「送客先の店舗での購入率や単価を上げたい」というニーズも聞かれます。また、「リテールデータなどのデジタル領域と小売店舗とが分断していて、施策効果を最大化できない」といった課題も見えてきました。
──つまり、店頭売上への貢献とデータ活用に課題があるということですね。
辻森:さらに複雑な課題もあります。それはリテールメディアに対する知識・理解の差がメーカー社内に生じていることです。メーカーの営業部門、そしてマーケティングや宣伝部門との間で差があるのです。
──具体的にどのような差が生じているのでしょうか?
藤田:たとえばメーカーが店舗の売場でキャンペーンを展開する場合、「それは販促活動だから、営業部門の販促予算で実施すべき」という長年の商習慣に基づいた暗黙の了解が、マーケティング・宣伝部門にありました。
ただ、リテールデータやメディア、店舗を活用した多面的な施策になると、これまでの販促活動とは異なります。広告配信も絡みますし、購入者のインサイトに基づくプランニングなど、マーケティング領域との関わりが生じるためです。
辻森:逆にマーケティング部門がより深くリテールメディアに関与する中で、営業部門のKPIとのすり合わせが難しいケースもあります。そのため予算が付きにくいこともありますし、施策によってどちらに力点を置くべきなのか、判断が難しくなるといった課題が出ています。
──小売事業者側の課題についてはいかがでしょう?
辻森:自社のオウンドメディアの拡充やソリューション開発を進めているものの、その活用にあたっては、やはり社内共有やコミュニケーションに時間がかかり、浸透しきっていない状況があります。また施策がオンラインとオフラインにまたがっており、関与する部門も多岐にわたることで、調整に苦労しているケースが多いと思います。
課題解決の鍵は“店頭とデジタルの接着・拡張”
──どうすればその状況を解決できるのでしょうか。
辻森:成果最大化の面では、デジタルと店頭が分断している状況を変える、つまり「デジタルと店頭との接着・拡張」を実現し、オンオフの総合施策に取り組むことが重要なポイントとなります。
辻森:また予算の捻出・施策の設計にあたっては、メーカーの営業部門とマーケティング部門の連携が重要です。しかしながら、両者の連携を働きかけるにも、リテールデータ・メディア・店頭という複数視点で話せる人材が不足しているように見えます。そのため、人的リソースや知見の面で客観的にフォローできる外部企業の協力が必要になってきます。
──その外部企業に求められる要件とはどのようなものですか?
辻森:メーカーと小売、双方の課題と構造を理解して、適切なアドバイスを示せることです。そして店頭やデータについて熟知しているだけでなく、小売事業者側の組織方針やオペレーションの違いに対する理解も必要です。そのような理解があった上で「店頭で現実的に実施可能な施策を提案・実現していく」という見極めも必要になります。
そして、店頭とデジタルの接着による現実的なアイデアを、メーカー側の適切な部門にきちんと伝達できること。これができて初めて、すべての関係者が同じ視点と問題意識で、オンオフの総合施策を実行できるようになると思います。
オンオフの総合施策で、販売数量が前月比168%を達成!
──オンオフの総合施策の事例があれば、ぜひ教えてください。
辻森:2つの事例を紹介したいと思います。1つはドラッグストア「マツキヨココカラ」と、クレイシャンプーのブランド「クレイエンス」の事例です。店頭で商品を購入した方に、ボーナスポイントを付与する販促キャンペーンを行ったのですが、そのキャンペーンとデジタル媒体を組み合わせ、売上の最大化を目指しました。
辻森:具体的には、販促キャンペーンに特化したバナーと動画のランディングページを制作し、DMPを用いた広告配信と、マツキヨココカラのオウンドメディアにおける情報発信を行いました。そして店頭でもボーナスポイント付与をしっかりと伝えるような設計にし、「販売数量前月比120%」というKPIを設けたのです。
結果は、販売数量が前月比168%と大幅に増えました。プラスチックカード会員における販売数の伸長率が108%だったのに対し、デジタル会員での伸長率はなんと228%にも上り、店舗における販売数の伸長率は216%となりました。デジタル会員にはDMPを介して潜在・顕在層を含め幅広いユーザー層にアプローチできたこと、オウンドメディアで既存購入者に近いユーザーへリーチできたこと、来店した店頭で購入を後押ししたことが成功要因だと考えています。
また、マツキヨココカラによる分析・レポートは考察が深く、リテーラーならではの示唆にも富んでおり、メーカー側の課題に対する納得感が高いです。
辻森:もう1つの事例は、関西エリアのドラッグストアチェーンと日用消費財メーカーとの取り組みです。全国規模の小売業では調整が難しい、大掛かりな店頭との連動企画を行いました。
このケースでは、それまでEC専売品だった商品を店頭販売しました。そこで、生活情報Webメディアで全国的な情報発信を行いつつ、その商品専用の特別な企画棚を設け、Webの体験記事と連動したデザインの店頭POPを全店に設置しながら、情報発信のための売場作りも行いました。
この結果、これまでオフラインでの販売流通実績がなかった商材で、納品数の約50%を販売する成果を上げることができました。トライアルとしては非常に良い成果だったと思います。
──“聖域”とも言える店頭とデジタルの連動に取り組んだことが、成果の最大化につながったのですね。
組織間ギャップの解消も!プランニングから実行まで全方位でサポート
──今後、リテールメディアを活用して成果を出したいメーカー企業に対し、電通デジタルからはどのような価値を提供していくのでしょうか。
辻森:最近は、メーカー企業の方から「リテールデータやメディア、店舗を含めたリテール領域について、一から説明してほしい」というご相談をいただくことが増えてきました。この領域への関心が高くなり、ニーズも増えていると感じています。
とはいえ、組織間の意識や認識の差は依然として残っています。そのギャップを解消し、私たちも組織間を結び付けて事業成長につながるような提案をしていきたいですし、その成果で価値を提供し続けるパートナーになりたいと考えています。
藤田:リテールメディアの活用と聞くと、メーカー企業の中には「目の前にある短期的な売上を期待した販促施策」と捉える方もいらっしゃるでしょう。しかし、そこがゴールではありません。売上が伸びれば、それだけデータも豊富に蓄積されることになります。
そのデータをより上流のプランニングへフィードバックして、中長期的なブランド戦略に結び付けていくことで、ブランディングからマーケティング、販促というサイクルがスムーズに動いていくと考えられます。私たちはその伴走者でありたいです。
「電通グループ=ブランディング」だけではなく、店頭での販促領域に従事してきたグループ企業の知見を活かして、具体的な事業成長につながるプランニングを推進しています。そういった事例を当社のオウンドメディアで詳しく紹介していますので、あわせてご覧いただけると嬉しいです。