広告の本質は利他の心
2018年にGDPRの施行日に合わせて、フィンランドとエストニアを視察した。その視察ツアーで電通(当時)の古川裕也さんと一緒だった。古川さんは広告業界では有名なクリエイターで、カンヌの広告祭などで審査員を務めていた。彼の書籍『すべての仕事はクリエイティブディレクションである。』(宣伝会議)の中に、このように書かれている。
「クリエイティビティを必要としない仕事なんか、この世にない。それは、ビジネスに限らない。人生における多くのことが、この原理に基づいているのではないだろうか。子どもをつくり、育てること。家庭をマネージすること。年老いて心身にいくつかの問題を抱えている両親と暮らすことなど。これらはどれも、人間にとって、いちばんクリエイティブな仕事だ。それは、最初はなんだか茫漠としている。けれど、その中から、いちばん本質的で実際にできることを発見し、ひとつずつ、丁寧に解決し、形にしていく。」
出典:『すべての仕事はクリエイティブディレクションである。』古川裕也 著、宣伝会議、2015年9月
ツアーの最後の夜に、フィンランドの首都、ヘルシンキで古川さんと会食させていただくチャンスがあった。私は、ここぞとばかりに、いろいろと、質問をした。そして、思い切って、聞いてみた。
「どうやったら、カンヌで賞を獲れるんですか? 何かコツとかあるんですかね?」
古川さんは、ワインを飲みながら、独自の方法論を話してくれた。それは私にはもったいない、貴重な話だった。でも、自分はクリエイターではない。実践できることは少ない。最初はそう思った。しかし、それは間違いだった。
彼の次のような言葉で、四半世紀前の遠い学生時代の記憶が蘇った。彼は言った。
「必ずしも、自分の創りたいものを、創るんじゃないんだよ。」
クライアント(他者)のために、その課題を解決する目的で、仕事をする。古川さんは、暗示的に、他者のために仕える事、それが「人間にとって、いちばんクリエイティブな仕事だ」と語った。
「そうか、それが、コツなんだ!」。カンヌで賞を獲る人は、他者のために仕事をする。そこが、試される。
自分のために、自己中心的な心構えで、クリエイティブを創っても、独りよがりになる。そんなもの、おもしろいはずがない。電通の本物のクリエイターに、脈々と受け継がれるもの。そのDNAを、ヘルシンキの夜風に、感じた。四半世紀を経て、点と点が線につながった感じだった。
冒頭の大手電機メーカーの部長クラスの方に古川さんの話をしたわけではない。だが、私は、自分が知る限りの広告業界の良さ、特に自分が携わってきたネット広告業界の良さを、その夜の会食の席で、伝え始めていた。