イベントプロデューサーは眠れない
スポーツに限らず、イベント自体が「出来事性」をウリにしているが、その実施運営には、常にリスクがつきものだ。興行はミズものといわれる所以でもある。したがって、あらゆるイベントには不測の事態に備える「リスクマネジメント」が必要となり、そのマニュアルが用意される。今回の北京五輪でも、先日、報道関係者にマニュアルが配布されたとか。その直後に、北京からは遠い地ではあったが、昆明でバスの爆破事件が起きた。マニュアルには嫌がうえにもリアリティーが伴うことになった。
五輪のリスクというと、72年のミュンヘン五輪のテロを思い出さざるを得ない。選手村のイスラエル選手がアラブのテロリストに襲撃され11人が殺害された。この事件を題材にした『ミュンヘン』という映画は、事件の10数年後に首謀者を殺害して復讐を果たす、実話に基づいた物語である。あの確執は我々日本人には理解しがたいが、映画自体は秀逸だった。
また、『ブラック・サンデー』という映画では、アメリカン・フットボールのスーパーボール会場がテロの標的にされていたが、これもハラハラ・ドキドキ系の映画としては秀逸。原作はベストセラー『羊たちの沈黙』のトマス・ハリスのデビュー作。ブラッケンハイマー監督で映画化された当時は政治的な配慮から日本では公開されなかったが、すでにビデオ化されているので観ることは可能だ。
物語や映画の世界で、読者あるいは観客として「ハラハラ」を楽しむのはいいが、これがイベントの運営当事者となると、まったく洒落にならない。本当に胃が痛くなる。イベントプロデューサーといえば、傍から見たら派手でカッコよく見えるかもしれないが、当人は結構つらい。イベントが近づけば、不眠症になり、夜中に悪夢にうなされて起きるなんてのは当たり前の世界だ。
もっとも多い悪夢は、「天気」だった。とくにサッカーなどの屋外競技は、動員が天候に左右される。サッカーは基本的に、ルール上は悪天候でも競技は実施される。「大会当日、悪天候で観客席に1人の観客もいない」ので、ビックリして目が覚める。プロデューサーを一度でもやれば、皆等しく、この悪夢を経験する。ただし、トヨタカップなど、前売りでほぼ完売している場合を別にして。
もしもの備えをしていなかったら…
筆者がトヨタカップのプロデューサーをしていた6年間は、まさにリスクとの戦いだった。今も多くのファンの記憶に残っている、87年の「雪のトヨタカップ」。アフリカ大陸のMVPを前年に獲得したマジャールが、後半、ウルグアイのナシオナルのGKが出すぎているのに気づき、遠めから放ったシュートが決勝となった、あの試合である。
あまりの大雪で都内の交通がすべてシャットダウン。それでも前売りを購入したファンが2万人ほど、国立競技場に駆けつけてきた。レフェリーは、ラインが見えるようにすることと、白黒以外の色のボール用意することを条件に、雪の中でも試合を行うことに同意(49歳の彼は、その試合が国際Aマッチの最後、つまり引退興行だった)。
当時のサッカー協会に飾られていた黄色と黒のボールが1個だけ確保された。もしもの場合に備え、原宿のサッカーショップ「カモ」の店員の自宅にハイヤーを差し向け、倉庫をあけて、黄色と黒のボールをもう1つ確保。これが命運を分けた。
キックオフ後、15分くらいで最初のボールが破裂してしまったのである。用意したカモのボールで、試合終了まで滞りなくゲームは進行した(当時は、ボールが外に出てもすぐ交換ボールが渡される、なんてことはまだ始まっていなかった)。