顧客理解×データ活用の変遷
簗島:インティメート・マージャーでは、顧客理解を目的にしたサードパーティデータの活用に関するご相談が2018年から2019年頃に増えてきたように感じています。小堺さんは顧客理解を目的としたデータ活用に関する潮流の変化をどのように捉えていますか。
小堺:簗島さんのおっしゃる通り、2018年から2019年頃に顧客理解に対するニーズが高まり、サードパーティデータの活用にフォーカスがあたっていった印象です。ブレインパッドはお客様が保有する会員情報や購買情報といったファーストパーティデータの分析・活用を中心に支援してきました。

小堺:しかし、「自社データだけの顧客理解に限界を感じている」との相談が増えてきました。その結果、サードパーティデータを活用するという動きが生まれてきたように思います。それが、簗島さんがおっしゃった2018年〜2019年あたりのことでした。
そして、2020年コロナ禍に突入して以降、顧客理解へのニーズはさらに高まりました。POSデータをはじめとした購買データの分析、SNS上のデータを活用したユーザーインサイト分析など、顧客理解を目的としたデータ分析・活用は多様化したと感じています。
ニーズは増える一方で、上がらないデータ活用のリテラシー
簗島:データという言葉の指す領域が、顧客情報だけでなく様々な領域に広がってきたのを感じます。
また、その活用も多様化しています。私たちが創業した10年ほど前はデータを用いたマーケティングというと、リターゲティングやCRM、サイト分析などが主な用途でした。また、それらの用途は独立して存在していました。
そこから現在に至るまでに、様々なデータが生まれて活用されるようになっていき、データ同士が相互に紐づくようになったと感じています。
ただその弊害として、一人ひとりの頭の中にあるデータの定義が少し違うという状況があると思っています。結果としてデータ活用に関するリテラシーの差が生まれていると思うのですが、小堺さんはどう思いますか。

小堺:データに対してのこだわりの差が、リテラシーの差になっているのでしょうね。たとえば、Web広告の多くはAIによる最適化機能が実装されていますが、AIにデータを与え、あとは学習させるだけになります。その結果、自分でどのようなデータを集めるか、使うかを判断する機会もなくなり、リテラシーも上がらないのではないでしょうか。
一方、D2C企業やBtoBtoCのメーカーの場合、直接ユーザーが見えないこともあって顧客解像度を上げたいニーズがあります。この場合、どのようなデータが必要かを考えるため、リテラシーも高まっていくと思います。
ペルソナが多様化する今重要なのは、ターゲットの全体像の把握
簗島:マーケティングにおいて“取りたいユーザー”と“取れるユーザー”というのは違います。“取れるユーザー”を獲得しにいく場合は、購買データなどファーストパーティデータを駆使して、今買ってくれている方に近い方にアプローチします。Web広告であれば、AIによる自動最適化に任せることもできるでしょう。
一方で“取りたいユーザー”を獲得する際は、前提として自分たちの取得できている、取得しやすい情報では足りないという意識を持つことが大切だと思いますね。
小堺:最近では、ターゲットとするペルソナが複数存在することが当たり前になってきました。そのため、ペルソナを軸としたマーケティングにはフェーズが存在すると感じています。
第1フェーズはコンバージョンする可能性の高いお客様にアプローチを行うこと。これは簗島さんのおっしゃる取れるユーザーにあたると思います。続いて、第2フェーズはターゲットとするペルソナが属するセグメントに対するアプローチです。これが従来のペルソナを活用したマーケティングで、ここだけでかなり工数がかかるのも現実です。
そして今は、ペルソナのいるセグメントとは異なるが、購入の可能性があるセグメントを見つける、第3フェーズになっています。この想定していなかったセグメントを見つけるためにサードパーティデータや、周辺情報を駆使した顧客理解へのニーズが高まっているのだと思います。

簗島:小堺さんが話した3つのフェーズのうち、自社がどこに位置しているか自覚する上で重要となってくるのは、今取れているユーザーの顧客像の理解です。また、自分たちが取れる顧客像はいくつあるのかを把握し、自分たちが取りたい顧客像を明らかにすることだと感じています。
こうしたターゲットの全体像を把握するということは、顧客理解を行う上ですごく大切だと思いますね。
顧客をストーリーで理解する
小堺:私は前職まで事業会社でマーケティングをしていました。その際にこだわっていたのがお客様のストーリー性を考えるということです。
お客様は購入するまでに様々なことを考えます。その中で、自分の会社の商品に出会い購入してくれた。その理由は何か、購入に至るまでどのような経緯があったのか。ここを理解すれば顧客解像度を高めることができますが、ファーストパーティデータだけでは購入者のデモグラフィック情報や購入した商品情報しかわかりません。
そのため当時はファーストパーティデータだけでなく、サードパーティデータを用いていました。今であれば使える情報も多いので、SNSデータや個人の金融情報(クレジットカードの決済情報や世帯年収など)を活用してもいいかもしれません。
前職の頃は最終的に、ユーザーのストーリーに合わせた値決め、私はこれを「価格体感性を持った価格表示」といっていましたが、お客様の購買意識に合わせるために商品をパーソナライズしていました。
簗島:今のお話はすごく納得感があります。僕らのサードパーティデータが提供できるのはターゲティングにおける“誰に”ですが、それだけでは情報が足りない。
ファーストパーティデータと周辺情報を掛け合わせてはじめて“どうやって”までを考えることで、ユーザーに合わせたアプローチができるようになるわけですよね。
またこれができると、データドリブンのマーケティングになるのかなと感じています。そうなると同時に再現性も生まれ、事業成長につながっていくのだと思いました。
事業成長に貢献するストーリーの導き方
小堺:データはどうしても点で捉えられがちです。しかしデータが点になってしまうと結局よくわからなくなってしまう。
大切なのは顧客ストーリーの視点を持ってデータを線として認識し、複数のデータを掛け合わせその線を太くしていくことだと思います。太い線を見つけ、増やしていければ試行錯誤もできるようになりますから、事業成長につながっていくでしょう。
簗島:現代ではデータが増えてきたことで、そのデータの線の見極めが重要になってきていると感じています。
そうした背景から、私たちはお客様によく「一番社内で勘の良い営業の方を連れてきてください」とリクエストをしています。
たとえば、保険商品のデジタルマーケティングにおいて「レビューサイトから流入しているため購入意向があるかもしれない」という仮説があったとしましょう。ただそこから先はデータだけではわからない。
一方で営業の方に、お客様の購入された決め手を伺うと「子どもが生まれた」や「身近な人が入院した」といったお客様独自の背景を知ることができます。これらを仮説に掛け合わせると、再現性のあるストーリーに変換できる可能性があるのです。
膨大なデータに営業の方の知見を掛け合わせて有効なデータを見極め、ストーリーに活かした、象徴的な事例だと思っています。
One to Oneマーケティングには限界がある
小堺:お話を伺ってデータの見極めというのはとても大切だと感じました。
昨今One to Oneのマーケティングが流行っていますが、個人的にはやり方によってはそれは売上を下げてしまう可能性もあると思っています。費用と利益の釣り合いが取れる適切な大きさにユーザー群をセグメントし、アプローチすることが重要だと思っています。
簗島:確かにOne to Oneのマーケティングは想像以上に工数がかかり、利益に対して工数も合わないケースが多いです。実際はOne to Few、つまりある程度の群でお客様を理解するのが理想なのでは、と考えています。
その粒度は企業に異なるので、その調整のために私たちがいるわけです。
一方でそこからどこが売上につながり、どこが事業成長に響くのかを考えるのはマーケターの役目となります。そのためマーケター自身も私たちがお手伝いしている部分を理解しておくことは重要でしょう。

またファーストパーティデータとサードパーティデータ、そして周辺情報を掛け合わせて顧客理解をされている企業はまだ少ないと感じています。ただこれも理解したものを自社に有用なレベルまで粒度を荒くする必要がある。
これからマーケターが事業成長に貢献するためには、パーソナライズをどこまでするかバランスを見る能力が求められてくるのかもしれませんね。
小堺:3つのデータを掛け合わせて顧客理解を行うことは難易度が高いですが、それができると投資対効果ですべてを判断できるようになります。
そうすると成功要因がわかり事業再現力も出てくると思いますし、ブレインパッドもその支援ができるよう努めています。
そこまでいくとマーケティングの知識だけでなく、財務の知識も必要となってくるので、マーケティングが次のレベルになると思います。