「分裂する価値観に注目する」インサイト発見法
米田:ここからは、インサイトを見つけていくうえでの秘訣について話していきたいと思います。まずは福島さん、Xで情報を集める時のコツを教えていただけますか?
福島:Xって様々な人が様々につぶやいているのですが、私の場合、その投稿にざっと目を通す中で、投稿者のインサイト仮説を立てています。たとえば先ほどのパーソルのキャンペーンなら、「感謝を伝える上で、ありがとうという言葉だと平易なポストに見えるから、焼肉奢りたい、とか胴上げしたい、とかなら似た発話があるかな?」というような感じです。その仮説に沿ってXの住民が使う語彙や、ネタにしたくなるポイントを磨きながら検索を進めると、まさに知りたかった生活者の声にたどり着く、そんな感覚があります。
郡司:私はインサイトの発見に関しては、定量調査、定性調査、テキスト分析といったリサーチ手法を、あまり信頼していません。むしろインサイトの発見のために重要なのは、「時代の振り子の動き」を見極めることだと考えています。

郡司:私は、時代の価値観というのは振り子のように動いていると考えています。ある価値が盛んになると、それに対抗するような価値観が必ず生まれてくる。そうした時代のダイナミズムをうまく利用することが、インサイトの発見につながると考えています。
たとえばマルエフの場合も、「ごくごく飲む」「あぁうまい!」という王道主流のビールに対する価値観とは対照的な、「ちょっと肩の力を抜いてゆったりしたい」というアンチテーゼを、マルエフがとらえるべきインサイトの主軸としました。
そして、そのインサイトに、言葉の魔法をかけてあげることで、インサイトを具現化して、みんなの心を動きやすくするということを意図的にやっています。マルエフのブランドパーパスは「日本に、ぬくもりを。」でしたが、そこに、みんなが参加できるような“ビジネスポエトリー”を足してあげる。日経電子版「ここから動く人は、強い。」の例も、「ここから」というのがポイントでした。単に「動く人は強い」ではなく、抽象的に「ここから」って言うことで、みんなそれぞれ、自分のいる位置から動こうって思えるようになる。あえてちょっと抽象性を入れるところがポイントだったと言えます。そんなふうに言葉に魔法をかけていくことが、発見したインサイトを活用する1つのやり方だと思います。
インサイト活用に欠かせない「Connecting the Dots」の発想法
米田:さてでは、ついに本題の「Connecting the Dots」に話を移したいと思います。
「Connecting the Dots」は、Apple創 業者のスティーブ・ジョブズが、スタンフォード大学の卒業式スピーチで語った言葉として認知が広がりました。人生における様々な経験や出来事(特に挫折や失敗)は、あとになって振り返ってみて初めて「今」に繋がる重要な布石として大事な意味を持っていたことがわかる。ジョブズが使った例ではDotsは「布石」のような意味合いだと思います。
対して、私がP&Gで学んだ「Connecting the Dots」はジョブズの例とは少し違って、インサイト活用のTIPSです。一見関連のなさそうな情報・経験・知見の間に、今までにない新たな関連性やパターンを見つけることで新しい「文脈」や「意味」を持たせることを指します。ここでいうDotsは情報やデータや知見です。
先ほど郡司さんはリサーチはあまり信頼していないとおっしゃっていましたが、どんなに調査しても、自分の思考パターンの中だけで分析していると、出てくる答えは想定通りの範囲に収まり、新しい発見がなかなか出てこない。自分の思考パターンを意図的に外して「Connecting the Dots」の視点でデータ分析しないと新しい発見は難しいのだと思います。
郡司:私は戦略的に「Connecting the Dots」をやっているというよりは、もっと直感的にやっている感じです。脳内で勝手にDotとDotがくっついてくれる。おそらくジョブズも、そうだったのではないでしょうか。
何か課題に向き合っていると、ふと頭の中にビジュアルや風景のようなものが浮かんでくる瞬間があります。たとえば「おつかれ生です」の時も、コピーをどう表現しようかと考えていた時、ふと、小中学生の頃に観ていた『水曜ロードショー』(後の『金曜ロードショー』)のことを思い出しました。あの番組の最後に、解説の水野晴郎さんが「いやあ、映画って本当にいいものですね」と毎回言っていたのですが、ある講演で水野さんが「毎回同じ言葉なのだけれど、解説する映画によって言い方を変えている」と語っていたんです。その話がすごく印象に残っていて。
それを思い出した時、新垣結衣さんにもカメラに向かって、気持ちを変えてもらいながら「おつかれ生です」って言ってもらおうと発想がつながっていきました。
米田:私はP&Gで「ボールド」という洗剤のターゲットインサイトを深めていく中で、DotとDotをConnectすることでビジネス回復の突破口を発見した経験があります。