経営戦略として強いブランドがなぜ・いかに重要なのか
木村:続いて、究極的な問いになってしまうのですが、お二人はブランドをどう定義されていますか? 事業家として、企業の競争力向上におけるブランドの重要性をどう見ているか、ぜひお聞かせください。
中川:ブランドそのものは、突き詰めるとただの記号でしかありません。その記号に意味を付与していくのがブランディングです。
最近は日本でも「ブランドエクイティ」という言葉がよく知られていますよね。これは元々、M&Aの際に事業価値だけでなくブランドの無形価値を会計上算出するために生まれた概念です。つまり、ブランドという無形価値がなくても、ビジネスを営むこと自体はできる。純粋に事業として作ったものに、どれだけ“価値を上乗せできるか”という意味で、ブランディングはビジネスに大きな影響を与えます。

たとえば、Uber Eatsで「今なら3,000円分無料!」というプロモーションを実施したら、お客様はたくさん来てくれるでしょう。ただその時、Uber Eatsというブランドにどれだけの価値が形成されているかで、その後のビジネス効率が大きく変わってきます。要は、「Uber Eatsというブランドを体験してください。今なら3,000円分無料です」とオファーするのと、ただ3,000円の値引きを実施するのとでは、プロモーションで創出される価値が違ってくる。ブランド価値がない状態でずっと3,000円の値引きを続けなければならないとなると、事業として利益を出していくのが困難になります。
利益率をより高くしていこうと思うと、できるだけ強い“意味”を持ったブランドに投資をしていくほうが効率がいいのです 。
小林:私も中川さんと基本的に同じ考えです。私はそれを実務に落とし込む際、ブランドとは「お客様からの期待値↔それに応える企業の約束」であるとしています。
もう少し具体的にお話しすると、お客様から見たブランド(実際に持たれているブランドイメージ)と、企業側のブランドアイデンティティ(こう見られたいという理想)にはどうしてもギャップが生まれることが多い。このギャップを埋める活動こそがブランディングだという考え方です。そうしてお客様との約束を期待値以上に果たしていくことで、ブランドにより高い付加価値が生み出され、最終的に利益として落ちてくる。このような循環が生まれるようブランドを見ています。
先ほど中川さんが値引きプロモーションの話を例えでされましたが、実は、以前オルビスはまさにそうした課題にぶつかっていました。売上維持のために販促的な施策(経済的インセンティブ)を続けた結果、アクティブ顧客の期待値が「値引き」に寄ってしまい、売上は横ばいなのに利益率が低いという状態に陥ってしまったのです。つまり、お客様の「認知定価」と、ブランドの価格帯にギャップが生じてしまっていたわけですね。

この時は、ブランドエクイティの「認知・連想」という上位の部分からメスを入れなければならないと判断し、コーポレートロゴから変える大手術をしました。お客様の期待値とのギャップを埋めるために、どこに・どう手を付けるかを議論・判断していくのが、ブランディングでやるべきことだと思います。
「Uber Eatsで、いーんじゃない?」のキャンペーン前後で変わったこと
木村:経営の立場にいるからこその視点でブランディングの本質をうかがうことができました。一方で、ブランディングの重要性について社内でなかなか理解が得られない、と悩んでいる方もいらっしゃるようです。中川さんは、広告投資について意思決定をする立場にいるわけですが、この課題についてどのようにアドバイスされますか?
中川:私が代表になってからの3年間も、広告投資については色々な議論がありましたし、今もしています。ブランディング施策への反対意見がゼロなわけでもありません。
費用対効果を示すためにテレビCMの効果もどうにか可視化していますが、究極的には“いいキャンペーンを作ること”が一番の解決策になると思います。
実際に「Uber Eatsで、いーんじゃない?」のキャンペーンを始めてからは、社員のお子様がそのセリフを言ってくれるなど反響がよく、社内でもブランディングの見方や考え方が変わっていきました。社員のエンゲージメントやロイヤリティといった副次的なメリットが、対外的なブランディングによって高まることも実感しています。
こんなことを言うと元も子もないように思われるかもしれませんが、社内の関係者もみんな消費者であり、いいキャンペーンを作るとみんなにも響くんですよね。データや数字で説明していくことも必要ですが、原点に立ち戻ることも大事だと思います。