「選ばれ続ける銀行」への転換が急務に
MZ:はじめに、昨今の金融業界の変化について、横浜銀行としてどのように捉えていらっしゃるかお話しください。
安部:もともと金融業界は「DX化が遅れている」と言われがちでしたが、コロナ禍以降、店舗に来店するお客さまの減少にともない銀行取引のDX需要が急速に高まりました。また、昨今は個人・法人を問わず、各銀行が「預金獲得」に本格的に取り組み始めており、競争が激化しています。
当行としては、こうした競争に注力するのではなく、「横浜銀行と取引することの信頼感・安心感」を醸成して、お客さまと長期的な関係性を前提としたコミュニケーションを取っていく方針です。そのために、顧客データの分析や活用を重視し、お客さまのニーズや行動に基づいたパーソナライズな情報提供、タイムリーなご提案ができるよう体制の強化を進めています。
データ・AI領域の先進技術を用いて「収益創出」「顧客体験向上」「生産性向上」の取り組みを行うことがミッションの「デジタル戦略部 マーケティング戦略室」の室長を務める。キャリアを通じ、一貫して金融領域のマーケティングに従事。
3本柱のDXでCX向上を推進
MZ:御社のDX方針についても教えてください。
安部:横浜銀行では、長期的に目指す姿として「地域に根ざし、ともに歩む存在として選ばれるソリューション・カンパニー」を掲げており、それを実現するために「店舗の高度化」と「デジタルシフトの加速」を両輪で進めています。いざという時に駆け込める先として店舗がある安心感に加え、非対面チャネルでの顧客利便性も高めることで、オンライン・オフライン問わずお客さまのお好みのチャネルで手続きができる形が理想です。
これを実現するために、DX方針として「営業DX」「業務改革の深化」「DX基盤強化」の3本柱で進めています。具体的には、データやAIを活用した営業体制の構築、AIによる業務効率化や非対面チャネルの高度化、DX人財の育成です。
この方針を体現したマーケティング戦略としては、 2023年にリリースしたスマートフォンアプリ「はまぎん365」を軸にオンライン取引を推進し、お客さまの行動データを活用しパーソナライズされた提案やOne to Oneコミュニケーションを実現することで、顧客体験を向上させています。
「行動データ」の活用で、顧客ニーズを検知するシステムを構築
MZ:電通デジタルとのプロジェクトについて、全体像をお話しください。
西:私たちは、データマーケティングによって顧客行動を深く理解し、一人ひとりのお客さまに最適な情報や商品を届ける必要があると考え、2020年よりGoogle Cloudをベースにしたマーケティングプラットフォームを構築しました。
この取り組みの中核となるのが、電通デジタル様と共同で開発・高度化を進めている「顧客ニーズ検知システム」です。属性データや銀行取引データに加え、アプリやWebサイトなどで得られるお客さまの行動データを統合・分析。ニーズを定量的に推定し、最適なタイミングで営業アプローチを自動的に行う仕組みとして確立しました。
西:これにより、個人ローン施策においては従来の属性ターゲティングと比較して申込率が2倍以上になりました。営業効率化と顧客体験の両面で大きな成果を上げていると感じます。
ネット銀行を経て、2020年に横浜銀行へ入行。MAツールを活用したデジタルマーケティング業務のチームリーダーとして、顧客の行動データに基づいたマーケティングに取り組む。
佐藤:当初は、Web上の行動データのみを取得・活用していました。しかしCookie規制により、Web上のデータだけでは厳しくなってきたタイミングで、アプリデータにも活用範囲を拡張しました。以降も、世の中の状況やシステムの状況を鑑みて、データや機能を順次拡大することを心がけています。
今ではアプリもWebも、オーガニックのログだけではなく広告ログまで取得できる仕組みを作り、ニーズをより精緻に捉えられるようになってきました。
佐藤晃氏
横浜銀行のプロジェクト立ち上げから参画し、現在はMA、CDP、アプリ接客基盤、スキルトランスファーまで、IT部門全体を支援する。
データ活用の内製化を実現!継続的なスキルトランスファーの取り組み
MZ:特に注力されてきたお取り組みについて教えてください。
西:基盤の構築に加え、私たちが特に注力しているのがデータ利活用の内製化です。システムを作り始めた当初から自社運用を見据え、内製化を前提として進めてきました。
電通デジタル様からはMAツールの導入・運用支援をはじめ、BigQuery(Google Cloudが提供するクラウド型のデータウェアハウスサービス)を活用したデータ分析の実践サポート、さらに機械学習や生成AIのプロンプト設計・活用ノウハウの移転など、現場の自走力を高める伴走型のスキルトランスファー支援をいただいています。
これにより、現場の担当者が自らデータを読み解き、顧客ニーズに応じた施策をスピーディに展開できる体制が整いつつあります。組織全体のデジタルリテラシー向上とマーケティングの質的転換を実現する、重要なステップになっていると実感します。
佐藤:横浜銀行様のデジタル戦略部 マーケティング戦略室では、現在は大半の方が当社のスキルトランスファーを受けたことがあるのではないかと思います。西さんはその一期生でした。
Excelやテキストエディタの使い方といった初歩から始め、SQLやMAツールの活用まで、週2回ほどの頻度で実施させていただいています。他にもデータ集計業務の支援、機械学習やAIの支援も含めて、全般的かつ継続的にサポートを行っています。
若手が成長し、キャリア採用に比肩するスキルを習得
MZ:続いては、実際にスキルトランスファーを受けられたデジタル戦略部 マーケティング戦略室の皆さんに、成果や手応えをお聞きしたいと思います。
加藤:私は、前職で基本的なSQLスキルは会得していました。スキルトランスファーでは、横浜銀行固有のシステム構成や、銀行という業界・業態ならではのセキュリティ運用などを重点的に学びました。
もともとSQLが使えない行員が多い中でも、電通デジタル様には施策実施まで安定的にできるような形で環境を整えていただきました。その結果、行員の中で施策立案からシステム構築、実施後の効果検証、改善案を出すまでPDCAサイクルを自社内で回していけるようになりました。気軽に佐藤さんに相談させていただける環境があることも、安心感がありますね。
独立系SIerでデータエンジニアとして従事した後、2024年に横浜銀行に入行。現在は、マーケティング業務の運用からパーソナライズ施策の設計・実施を担当する。
山本:私は新卒で入行したため、大学時代に統計ツールを少し触った程度の知識しかありませんでした。スキルトランスファーを通じて、今ではMAツールの設定やBigQueryを使ったデータ分析、さらには機械学習モデルの構築まで自走できるようになりました。
覚えるべきことが一気に入ってきたので大変な場面もありましたが、基本的な部分から実際の施策実行の段階へと徐々にステップアップする形で教えていただけたので、スムーズに学び進めることができました。施策を検討する際に「システム上でどう実現するか」という視点を持てるようになり、実務への反映スピードが格段に高まるとともに業務の質・効率の両面で成果を実感しています。
2022年に新卒入行。本部専門コース(データサイエンスコース)で採用され、現所属に直配属となる。現在はカードローンの広告運用やMAツールの設計・運用、機械学習モデルの構築などに取り組む。
MZ:現場の若手の成長について、室長の安部さんはどうご覧になっていますか。
安部:マーケティング戦略室は、およそ半分が新卒入行、半分がキャリア採用の人財です。またキャリア採用と一口に言っても、同業種から来る人、広告会社から来る人、SIerから来る人など多種多様です。
キャリア採用のメンバーは銀行ならではの業務や商品、売り方についての知見を持っていませんから、新卒から入行している行員のメンバーにそれらを学びます。逆に新卒採用行員は、キャリア採用メンバーから専門知識や他業界の知見を学ぶ。多様な価値観が共有される環境で、お互いに補完し合いながら、一つのミッションに向けて働ける環境です。新卒採用行員もいい意味で影響されながら、キャリア採用人財に負けないレベルまで成長できていますね。
データ活用でもっと「気が利く」パートナーへ
MZ:最後に、今後の展望についてお教えください。
加藤:現在、横浜銀行では従来の分析では捉えきれない深い顧客理解を目指し、生成AIを活用した潜在的なニーズの検知に取り組んでいます。2025年8月に開催された「Google Cloud Next Tokyo 2025」では電通デジタル様とともに登壇し、生成AIとデータの相互補完によって顧客ニーズ検知システムを発展させ、One to Oneコミュニケーションを深化させる構想をご紹介いたしました。
この構想では、対面・Web・アプリ・電話など、あらゆるチャネルから得られるお客さまの情報を構造・非構造データ問わず集約し、それらの情報をもとにAIが最適な商品やアプローチ手段を判断することで、よりパーソナライズされた顧客体験の提供を目指しています。
私は本システムの開発も担当しているのですが、このような高度な顧客理解を実現するためには、AIモデルの精度だけでなく、それを支えるデータ処理基盤の柔軟性と高速性が重要であると考えています。現在、Google CloudのCloud Composerを活用し、データ抽出・変換・出力といったETL処理を含めて自走できる体制の構築を進めており、行員自身が必要なデータを自ら選定・整備し、Vertex AIにおける仮説検証からMAツール上でのマーケティング施策の設計・実施、効果検証までを一貫して担うことで、PDCAサイクルを主体的かつスピーディに回せる環境が整いつつあります。
こうした施策は、若手メンバーの柔軟な発想とテクノロジーへの高い感度を活かすことで、新たな価値を創出できる可能性を秘めていると思います。今後も、テクノロジーと現場の知見を融合させることで、より多くのお客さまに新しい金融体験を提供できるよう挑戦を続けていきます。
山本:今後は、商品プロモーションにとどまらず、お客さまのニーズに対しデジタルで完結できる手続きをタイミングよく促すコミュニケーションにも挑戦していきたいです。たとえば「支店に行かないとできない」と思われがちな手続きに対して、実はアプリで簡単に完了できることを、来店される前に先回りしてお知らせする。そんな「気が利く」コミュニケーションができれば、銀行のサービスはもっと身近で便利な存在になれるはずです。
将来的にはAIチャットとの会話ログを活用することもあり得ると考えています。お客さまの発言を自然言語処理で解析し、手続きの必要性を検知、そこからパーソナライズされた案内を自動で送る仕組みが実現できれば、銀行のマーケティングはお客さまに気づきを提供する存在へと進化できるでしょう。
金融商品を売るだけでなく「お客さまの生活に寄り添い、課題を先回りして解決するパートナー」へと進化する。そんな未来を、デジタルの力で切り拓いていきたいですね。
佐藤:業務改善の部分も取り組めればと考えます。銀行業務の様々な場面をAIエージェントで効率化することで、生まれた時間を他の営業活動に使っていただき、銀行の収益拡大を目指していきたいです。
当社と横浜銀行様、これからも長くパートナーとして、両社がWin-Winになれる関係を構築し続けていきたいと思います。

