購買行動は「慎重」姿勢、消費者のAI利用は拡大中
MarkeZine編集部(以下、MZ):まずは2025年の消費者の購買行動について教えてください。目立った変化やトレンドはありましたか。
小口:ここ数年続く物価上昇を背景に、2025年は引き続き「慎重」が消費者の基本スタンスだったと言えるでしょう。しかし、買い控えるべきタイミングには節約し、自分や家族のためなど、お金をかけるべきタイミングには吟味して、「自分に合った、長く使える商品」を選択する傾向が顕著になっています。一方、物価上昇にあわせて徐々に賃金も上昇の兆しも見られることから、メリハリをつけつつ、「節約疲れ」の発散のため、時に衝動買いをするといったような「賢い消費」と言われる傾向も見え始めています。
加えて、価値観やライフスタイルの多様化は、「界隈消費」が消費のキーワードとして流行したように、ますます広がっているように見えます。消費の理由や、目的、満足の基準もバラバラに細分化していくため、これまで以上に消費者インサイトをひと括りに考えることは難しくなってきているでしょう。
MZ:消費者におけるAIの活用状況についても教えてください。
小口:若い世代を中心に利用は確実に広がっています。総務省の調査によると、20代の半数弱にあたる44.7%は生成AIを使っている(使ったことがある)状況です。ただし、海外と比べると日本の利用率はまだ低く、米国や中国、ドイツなどから大きく後れをとっています。
続いて「何に生成AIを使っているか」の調査では、「調べもの」や「コンテンツの要約・翻訳」が上位に。一方で、「AIから自分の好み・生活様式にあった提案を受ける」といった消費に繋がるレコメンド的活用は2割未満にとどまっています。既にAIがコマース分野に浸透しつつある米国とは、大きく相違のある部分だと言えるでしょう。
企業の生成AI利用は日米で目的に明確な差異あり
MZ:続いて、企業側の生成AI活用の状況や目的について教えてください。
小口:このトピックは日本と米国の差がはっきりと表れていて興味深い部分ですね。総務省のデータによれば、日本企業はAIに対し「業務効率化」や「人員不足解消」の期待を寄せている一方で、米国企業は「ビジネス拡大」や「顧客獲得」を目的としている傾向があります。米国のほうがより創造的かつ、「成長の武器」としての使い方と言えるでしょう。
この発想の違いが、消費者のAI活用にも影響をおよぼしている面もありそうです。米国ではコマース領域を中心に、商品レコメンドや比較リストの自動生成など、購買に直結する領域でAIが組み込まれ始めています。その結果、消費者側も「AIから提案を受ける」ことも増えつつあり、AI経由のサイト流入(トラフィック)におけるシェアは急激に高まっています。コンバージョン率自体はまだ発展途上ではあるものの、日本と比較すれば購買行動への組み込みは確実に進んでいると言えるでしょう。
MZ:日本ではまだコマース領域での活用は進んでいないのでしょうか。
小口:ここ数年で実装は増加していますが、まだ米国のようにコンバージョンまで十分に到達できる状況ではありません。とはいえ、顧客接点が形成されつつあるため、AI経由の流入は着実に増え始めています。
MZ:日本では、どのような領域でのAI流入が増加しているのでしょうか。また、その理由も教えてください。
小口:流入が目立つ領域は、アパレルやファッション、コンテンツなどです。考えられる理由は2つ。AI活用に抵抗のない若年層が触れているサービスであることと、選択肢が多く探索が必要なサービスであることです。これらの業種に加え、保険など「仕様のすり合わせが必要な商品」は、今後AIが役立つ領域になり得るのではないかと推察します。
生成AIの情報は「二次情報」、これからの消費者理解の注意点
MZ:消費者インサイトの調査にAIを活用する企業も増えています。AI時代において、消費者理解で注意すべき点はどこにあるのでしょう。
小口:生成AIが生成する情報は、どこまで行っても「二次的に生成された情報」であることを忘れてはいけません。生成AIが言っていることは「事実」ではなく、あくまで「推論」に過ぎない面もあります。無論、消費者に関するデータ(事実)を収集するタイプのAIもありますが、消費者インサイト調査をすべてAI任せにしてしまうと、長期的に企業のマーケティングにネガティブな影響をおよぼす面もあるのではないか、と考えています。
また、かねてより企業のデータやAIの活用は個人情報の取り扱いに関する懸念と隣り合わせでしたが、リスクはそれだけではないでしょう。たとえば、消費者に誤解を与える誤って生成された情報を発信してしまう場合もありますし、バイアスのかかった情報で組み立てられたマーケティングを行った結果、意図しない損害を与えてしまう場合もあるかもしれません。
加えて、消費者の主体性や多様性が失われていくリスクを懸念する声もあります。本来、消費者が自分の頭でフラットに考えて選択していたものを、AIが介在することによってそもそも消費者自身が望んでいたものとは異なる意思決定に誘導されてしまう可能性も無いとは言い切れません。
総務省・経済産業省から、AIを提供・運用する事業者が守るべき基本的なルールが示された「AI事業者ガイドライン」が公表されましたが、消費の最前線に立つマーケターだからこそ、その影響やリスクにも十分に配慮していく必要があります。
AI時代こそ、企業が大切にすべき「生の声」
MZ:今お話しいただいたことは消費者がAIに「思考」や「判断」まで丸投げしてしまうリスクですね。一方で、膨大なデータを収集・整理するための「分析の足掛かり」としてAIを活用することは、人間にしかできない「深く考える時間」を確保するためにも有効な手段と言えるでしょうか。
小口:その通りだと思います。むしろ、そこは明確に使い分けるべきです。AIに「処理」を任せることで、人間はより本質的な「解釈」に時間を割けるようになりますから。その前提に立ったうえで、企業が改めて大切にすべきなのが消費者の「生の声」です。
指示の出し方にもよりますが、一般論として生成AIは多数派の意見から収れんされた、平均的で中庸な回答をする傾向があります。その回答だけを「正」としてしまっては、顧客の本音を見逃しかねません。今こそ実際の売場に足を運んだり、消費者などが発信したSNSの投稿を通して生の声を収集したりといった地道な行動で、平均値から外れたニッチな意見も拾い直していくことも必要です。
MZ:対AIの対策が盛んに講じられる昨今ですが、逆説的に生身の顧客とのコミュニケーションが重視されていくのですね。
小口:ええ。今後コマース領域にAIがますます進出し、直接的な顧客接点が希薄になっていく可能性があるからこそ、企業はオフラインコミュニケーションや、SNSなどAI以外のオンラインチャネルも大切にすべきでしょう。
また、企業がAIをマーケティングで使う際は、社会的責任として透明性・公正性を考慮すべきです。たとえば、AIがまとめ買いを過剰に推奨したり、買い急いでいる消費者に対して不当に価格を吊り上げて提示したりしていたら、いつか消費者の信頼低下やブランド毀損にもつながってしまいますよね。
MZ:それは消費者側も、「AIに委ねすぎなければよかった」と後悔するかもしれませんね。
小口:だからこそ、「消費者が自分で決める余地」を残すことが重要です。AIのレコメンドを受けるにしても、最終的に選ぶのは自分。AIを頼りながらも、消費者自らがリソースを投下して調べ、悩み、選択するプロセスを体験することで、「納得感」や「愛着」が醸成され、企業のブランド力は高まっていくのではないでしょうか。
マーケターに必要な4つの「みる」と「問い」
MZ:では、一人ひとりのマーケターやリサーチャーはどのようにデータやAIを活用し、どのような視座や視点で消費者のインサイトを捉えていくべきなのでしょうか。
小口:4つの「みる」が重要だと考えます。
1つ目の「見る」は、鳥の目で市場を俯瞰すること。マーケット全体のデータ、売上データなどを見て、たとえば「消費者は、なぜその商品を手にとらないのか」「競合の商品をリピート購入し続けるのか」といった、解くべき「問い」を考えていきます。
2つ目の「観る」は、虫の目で実際の売場を観察すること。店頭に出向いたり、購入者にインタビューやヒアリングをして声を拾い上げたりしながら、たとえば「消費者から見て、パッケージが棚で埋もれてしまって選びづらいのではないか」「ケースの持ち歩きがしやすいからではないか」など、「問い」に対する理解を深めていきます。
3つ目の「視る」は、虫の目で消費者の行動の背景を探ること。顧客一人ひとりを観察したり、デプス・インタビューで直接話を聞いたりして、たとえば「ケースの持ち運びのしやすさの理由は、フックの形状にある」など、「問い」を解くための鍵を見つけだします。4つ目の「診る」は、鳥の目で俯瞰しながら、データを使って、自分が立てた「問い」を評価・検証していきます。
今後も消費者を理解していく上でこれら4つの軸が重要であることに変わりありませんが、AIと人間の役割分担はより明確になるのではないかと考えています。AIに任せるべきはデータ調査や分析、可視化など、主に見る・診る、などの鳥の目の観点ですね。
むしろ、観る・視る、といった「虫の目」の領域は、AIに任せず人間が足を動かしたり、実際に消費者と接しながら「問い」を深めたり、補助的にAIを用いながら、それを解く鍵を自分で見つけ出すプロセスがより重要になるように思います。
また、「鳥の目」の領域も、AIが出力した内容をそのまま受け入れればよいとは限りません。むしろ、人間が経験則を活かして「(出力が)誤っているかもしれない」「偏りがあるかもしれない」といった視点で目を通すことがより大切になります。結局、AIに収集してもらったデータを用いたとしても「(自らの)問いに対して、どのような答えを出すか」を決めるのはマーケターであるべきです。
どんなにAIが発展しても、マーケティングをしているのは人間であり、人間の集合体が企業です。だからこそ、当たり前のことですが、マーケティング・プロセスの結節点に人間がしっかり関与しなければ、消費者に対する責任を負うことは難しいのではないでしょうか。
AI時代こそ“「問い」と「答え」”を見極められるマーケター育成が企業の命題に
MZ:2026年以降、消費者の行動はどのように変化していくと予測されますか。
小口:前提として、物価上昇による慎重な消費態度はしばらく続くと考えています。消費者が熟慮しながら「自分に適したもの」を選ぶトレンドも変わらないでしょう。米国では消費者の買い物での商品選びをサポートするAIショッピングアシスタントの存在感が急速に増していますが、AIはそのような「選択のストレスを下げる存在」として重要度を増していくのではないでしょうか。
MZ:企業は今後、どのようなことを意識すべきでしょうか。
小口:消費者に「自己決定感(自分の意志で、自分にあった商品やサービスを選び取ったという実感)」を持たせることが、ひとつのテーマになるのではないでしょうか。AIに任せすぎず、自分の価値観に沿って能動的に選ぶ体験は、商品やブランドとの親近感・信頼感を生み、ロイヤルティ向上にもつながります。消費者の主体性を奪わない範囲で、AIをどのように顧客接点に導入していくかが、今後多くの企業の課題となるように思います。
MZ:最後に、マーケターへのメッセージをお願いします。
小口:AIを仮説検証の壁打ち相手として活用しながら、思考を深めていくことは有効だと考えます。しかし、AIが提示した材料をもとに問いを立て、その鍵を探しあて、答えを導いていくのは人間です。そして、それらを適切に判断するにも、マーケターとしての知見や経験が必要ですよね。消費者に対する「問い」、そして自社にとっての「答え」を見極め、質の高い決定を下せる人材を育てていくことが、これからの事業会社やマーケティング組織により一層求められていくのではないでしょうか。
本記事は2025年11月の取材をもとに制作したものです。

