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X DIVE2025レポート(AD)

組織の対立を共創に変えるバイモーダル戦略とは?クレディセゾンとGovTech東京がDXの秘訣を語る

 AIが進化し続ける現代においても、DXを成し遂げ新たな価値を創出するためには、テクノロジーを活かす推進力と組織力が不可欠だ。プレイド主催のカンファレンス「X DIVE(クロスダイブ)」では、クレディセゾンの小野和俊氏とGovTech東京の井原正博氏が登壇し「デジタル組織変革の秘訣」をテーマにディスカッションを繰り広げた。民間企業と公共分野、それぞれの最前線でDXをリードする両氏が明かす秘訣とは。本稿ではセッションの内容をレポートする。

「絵の具の全色を混ぜたグレー」が正解になる理由

濵﨑:本セッションでは「デジタル変革を推進する秘訣」というテーマに沿ってディスカッションを行います。モデレーターを務める濵﨑です。

濵﨑 豊氏
プレイド プロフェッショナルサービス責任者 濵﨑 豊氏
大手事業会社(デジタルエンタテインメント、金融ITサービス)の経営企画および事業開発リード、大手コンサルティング会社のパートナー等を経てプレイドに入社。現在は、CX(顧客体験)変革を加速するプロフェッショナルサービス「PLAID ALPHA」の責任者として、さまざまな企業のCX / マーケティング変革を推進している。

濵﨑:2018年に経産省から「DXレポート~ITシステム『2025年の崖』克服とDXの本格的な展開~」が発表され、DXが一般的に認知されて7年が経ちました。さらに、コロナ禍の到来による強制的なデジタルシフトや生成AI技術の登場など、潮目が大きく変わる出来事もあった中、DXを力強く推進してこられたお二人に秘訣をうかがいたいと思います。

 小野さんも井原さんもスタートアップを経て、大手金融機関や外郭団体などの伝統的かつミッションクリティカルな領域で活躍されていらっしゃいます。両者の間にはやはりギャップを感じますか?

井原:GovTech東京には、民間出身の人材と東京都や都内区市町村から派遣された行政職員が半々くらいの割合で在籍しています(2025年7月当時)。両者は異なる価値観に従って動くため、最初の頃はギャップを感じました。

井原 正博氏
GovTech東京 業務執行理事兼CTO 井原 正博氏
ヤフー株式会社にて開発部長を務めたのち、2010年1月よりクックパッド株式会社の技術部長として技術力の向上やエンジニアの採用に従事。2015年1月、株式会社ビットジャーニーを設立するとともに、エンジニアを中心とする組織づくりに関する知見や経験を活かしたいという思いから、複数社の技術顧問を務める。2024年5月GovTech東京業務執行理事CIO、同11月GovTech東京業務執行理事CTOに就任。

井原:たとえば絵の具が24色あったとします。民間企業から採用された人たちは、描きたい絵に応じて「赤色で塗ろう」「青色で塗ろう」と特定の色を選びますが、行政職員の世界では「全色を混ぜたグレー」が正解なんです。「赤色を好きな人が100%幸せ、ほかの色を好きな人は60%幸せ」という状態よりは「全員が80%幸せ」な状態を目指すからです。

慎重な意思決定プロセスにも合理性はある

小野:井原さんの例え話は非常にわかりやすいですね。もし色が1色だけであれば、重きを置く価値観が明確になります。たとえばスタートアップの人材だけで構成された組織の場合、プロジェクトをアジャイルに回してお客様に価値を早く届けようとします。組織の価値観がモノリシックだと、動きやすさという意味では利点があります。

小野 和俊氏
クレディセゾン 取締役 兼 専務執行役員 CDO 兼 CTO 小野 和俊氏
1999年サン・マイクロシステムズ株式会社に入社。米国本社での開発などを経て2000年に株式会社アプレッソを起業、データ連携ミドルウェアDataSpiderを開発し、SOFTICより年間最優秀ソフトウェア賞を受賞。2013年にセゾン情報システムズとアプレッソが資本業務提携。2019年に株式会社クレディセゾンへ入社。取締役CTOなどを経て、2023年3月より現職。

小野:ただ、GovTech東京のように異なる価値観の人材が集まった組織には、それと全く違う種類の利点があると思います。異なるバックグラウンドを持つ人同士が互いに「私はこう教わった」と伝え合うことができれば、モノリシックな組織では出てこなかった視点や着想、ヒントなどが得られます。異なる価値観や経験を持つ人がいれば、そのぶん様々な状況に対処できます。すなわち、レジリエントな組織へと発展しやすいのです。

 私自身、セゾンテクノロジー(旧セゾン情報システムズ)に入社したばかりの頃はスタートアップ的な色が強く「お客様が待っているから、会議ばかりしていないでさっさと開発しようよ」と思ってしまうところがありました。「キーマンの合意が得られていない」「委員会での協議が終わっていない」など、日本の大企業に見られがちな理由でストップをかけられ、もどかしさを感じていたんです。

 しかしながら、耳を傾けてよくよく話を聞いてみると「実は過去にこういった事故が起きまして」というように、そのような意思決定プロセスに至った理由がわかってきました。そして、私があまり馴染みのなかったセゾンテクノロジーの仕事の仕方にも、事故の起きにくさやステークホルダーへの周知などの点で明確に強みがあることもわかってきました。プロジェクトの性質によっては、スタートアップ的な作法だけが必ずしも正しいわけではないことを知りました

井原:絶対的な正解はない以上、お互いのルールや価値観を尊重し合ってやっていくしかありませんよね。対立ではなく共創する重要性を感じます。

クレディセゾンが取り入れる「バイモーダル戦略」とは

濵﨑:今回、お題を二つ用意しました。第一のお題が「デジタル変革のキードライバー」です。クレディセゾンのデジタル変革を動かす鍵はどこにありますか?

小野:当社で取り入れているフレームワーク「バイモーダル」をご紹介しましょう。元々はガートナーが約10年前に生み出した言葉なのですが、この考え方が今日のDXを動かす鍵になる気がします。

小野:向かって左側の「モード1」は、歴史が長く規模の大きい日本企業で往々にして支配的な考え方です。ヒエラルキーや計画に対する予実を重視します。稟議に対して95~105%に着地させることを是とし、75%で着地した場合は「努力が足りない」逆に110%で着地した場合は「見込みが甘い」と言われる。いわば侍のような考え方です。侍は甲冑を身にまとっているため、矢が飛んできても致命傷には至らない安定性がある一方、身を守る甲冑が歩みの速度を落としてしまうとも言えます。

 向かって右側の「モード2」はスタートアップ的な考え方で、こちらは忍者に例えられるでしょう。非常に身軽で動きが早く、仮説が外れたらピボットします。

 モード1とモード2の強みが異なるため、両方が揃うに越したことはありませんが、これがなかなか難しい。モード1からはモード2のやり方が危なっかしく見えますし、モード2からはモード1のやり方が「古い・堅い・遅い」と見えるため、どうしてもコンフリクトが生じてしまうのです。両者のコンフリクトをマネジメントして協調を促すバイモーダル戦略を、当社では推進しています。

井原:GovTech東京の戦略もこれにしたいと思うくらい理想的な戦略ですね。

コンフリクトは「HRTの原則」で解消せよ

井原:私は小野さんと違う角度からお題と向き合って「思い」をデジタル変革のキードライバーだと回答します。

 我々が開発するサービスの向こう側には、被災して家族や職を失ってしまった方もいらっしゃいます。その方々の苦労に比べれば「モード1と2のコンフリクトなんて何てことはない。やってやろう」と私は思えるんです。モード1の色が強い行政の仕事では特に、思いの強い人が事を起こす必要性を感じます。

濵﨑:お二人ともご回答ありがとうございます。モード1とモード2の間に生じがちなコンフリクトはどのように解決すれば良いのでしょうか?

小野:「HRTの原則」が有効だと考えます。「Humility(謙虚)」「Respect(尊敬)」「Trust(信頼)」の頭文字を取った概念で、Googleが取り入れている原則の一つです。謙虚さを忘れず、相手を尊敬して信頼すれば、モード1と2のぶつかり合いもクリティカルな事態にまでは発展しません。

 また、自分と異なる価値観を持つ人のファインプレーを目にすると、相手への評価が変わることがあります。たとえば、あるプロジェクトで複数部署との調整や交渉の負荷がどんどん大きくなっているとします。モード2のプロジェクトリーダーはお手上げ状態です。そこで、普段からシビアな調整事や交渉事を捌いているモード1の情シス部長に声をかけ、会議に入ってもらいます。彼の見事な捌きを目の当たりにしたプロジェクトリーダーからは、モード1に対する感謝やリスペクトが自然と生まれるはずです。

井原:「それぞれが良い仕事をする」これに尽きる気がします。自分の分野でプロフェッショナルな仕事をして、相手のプロフェッショナリズムに対して敬意を払うことが大切ですよね。

AI時代でも体験に勝る学習なし

濵﨑:第二のお題は「AI時代にデジタル変革の推進方法は変わるのか?」です。まずは小野さんのお考えをお聞かせください。

小野:AIの時代になっても変わらないことの一つに「体験こそが新たな物事を理解する近道」というものがあると思います。

 当社では経営会議もバイモーダルにしていて、前半30分はモード1的にアジェンダをこなし、後半30分はノーアジェンダで臨みます。2022年11月にChatGPTが公開された際、私は2週間後に開かれた会議の後半30分を使って役員全員の前でライブデモを披露し「これで何ができて、何ができないのか」を理解するための体験を提供しました。まず触ってみることが重要だと考えているからです。

 AI時代の人材育成は、考えなければならないテーマだと思います。たとえばプログラミングを学び始めたばかりの社員と生成AIを比較した結果、生成AIのほうが高いパフォーマンスを出すケースは既に見られています。ただ、AIの成果物はレビューが不可欠です。レビュー能力は新人時代の下積みによって培われるため、短期的な合理性だけで判断すると中長期的に活躍できる人材が育ちにくくなります。

濵﨑:なるほど。人材育成においてクレディセゾンで工夫していることはありますか?

小野:当社ではデジタル人材を次の3階層で定義しています。

小野:レイヤー1は外部から来たプロ、レイヤー2は社内公募で手を挙げて総合職からプログラマーやデータサイエンティストにリスキリングした社員、レイヤー3は市民開発者などを含むのですが、レイヤー2の社員がいてくれることをとても頼もしく感じています。彼らは社内の人間関係に対する理解や業務知識を持った状態でデジタル技術を習得しているため、DXを円滑に進める上で非常に重要な働きをしてくれています。育成観点でもリスキリングの好例と言えるのではないでしょうか。

生成AI×ドメインエキスパートで行政の仕事を変える

濵﨑:「AI時代にデジタル変革の推進方法は変わるのか?」というお題に対する井原さんのお考えをお聞かせください。

井原:変わると言うより、変えます。生成AIを使わない選択肢は行政職員の仕事においてもあり得ません。一方で、行政の仕事は間違うことができないため、人の目をきちんと入れて、確認するフローも大事です。その点に関しては、AI時代においても変わらないと思います。

 また、生成AIに触れる職員を増やす目的で、東京都と62の区市町村で使える共通のプラットフォームを内製しています。事務職の担当者がノーコード・ローコードで生成AIアプリを作れるような環境です。生成AIで完璧なアウトプットは出すことは難しいですが、50~60%のクオリティのアウトプットは10~20秒で出るため、そのアウトプットをドメインエキスパートがブラッシュアップしていく。そんなやり方ができるよう、GovTech東京が中心となって推進しています。

濵﨑:そろそろお時間が迫って参りました。最後に、お二人から参加者へメッセージをお願いします。

井原:「デジタル変革を推進する秘訣」というテーマに対し、私自身が答えを持っているわけではありません。日々チャレンジを重ねながら、少しずつ前進していくほかない気がします。これからも皆さんと一緒に考えながら、デジタル変革を推進していきたいです。

小野:日本におけるCDOの平均在任期間は2.5年だそうです。在任期間がそれだけ短いとなると、これまでのやり方を否定して、今後進むべき方向性のグランドデザインを描くところまではできても、やりきるのは難しいのではないかと感じます。「スクラップアンドビルドはかえって遠回りである」というのが私の考えです。現在の事業基盤を作ってくれた先人や組織、方法にリスペクトを払い、その良さを全面的に認めた上で、異なる方法をインストールしていく。これがDXの最短ルートだと思います。

濵﨑:お二人とも貴重なお話をありがとうございました。

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Biz/Zine編集部(ビズジンヘンシュウブ)

翔泳社が運営するデジタルで事業と経営を変革する次世代リーダーのためのWebメディア。Biz/Zine(ビズジン)は事業開発や研究開発、経営企画などに携わる方々に向けて、企業価値向上、組織変革などのテーマに関する情報を多角的な視点で提供します。

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2025/12/03 11:00 https://markezine.jp/article/detail/50198