不確実性の高い時代に、データで“兆し”を捉える
東芝デジタルソリューションズは、官公庁や民間企業に向けて購買データ分析やデータ利活用推進などのソリューションを提供している。2026年4月以降は東芝に統合される予定だが、同様の事業活動を継続していく予定だ。
3月4日開催の「MarkeZine Day 2026 Spring」に登壇した同社の宮崎氏は、まず「AI時代におけるデータの重要性」について触れた。
気候変動や戦争、人の価値観の変化、AIの台頭といった、様々な環境の変化が世界各地で起きている中、将来の予測のためのデータ活用に期待が寄せられている。データを活用することで「変化の兆し」を捉えることができるからだ。
宮崎氏は、例として、生活者の米の消費を捉えたデータ分析を紹介した。
昨今の米の価格高騰によって「購買量が減少しているのではないか」と想像する人も多いだろう。しかし実際のデータを見ると、2024年の春ごろの備蓄米の販売開始とともに購買が回復し、例年通りの購買量となっている。このことから、消費者は米を価格や値ごろ感だけで買っているわけではないという事実が見えてくる。
「コメ離れ」という報道もよく目にしたが、データで見ると需要はパンや麺類には遷移していない。また、備蓄米の購入データを見ると、ブランド米を買っていたこだわりのある消費者が、備蓄米に一定程度流れている様子が分かるという。
このように、米の購買データ一つとっても、消費者の多様な姿が明らかになる。
「想定外」のニーズは社外のデータに眠っている。「ビッグデータ」活用の重要性
こういった「商品が誰に、どのように買われているのか」というインサイトを掴むためには、自社の売上データの分析だけでは不十分だ。
宮崎氏は、東芝デジタルソリューションズが分析を支援した、とある飲料メーカーのケースを例に挙げた。その企業が販売している豆乳のヘビーユーザーを分析したところ、豆乳を購入する際にペットフードを一緒に購入していることがわかったという。
そこで「自分で飲むためではなく、ペットに与えるために購入しているのでは」という仮説が立てられた。メーカーに伝えたところ、「人が飲みやすいようにと開発してきたので、ペットの需要は思いもよらなかった」と新鮮な反応だったという。
このように、自社商品以外の購買も含めたビッグデータを分析することで、開発当初は想定していなかったニーズが見えてくることがある。宮崎氏は、「ポイントは、データを区切ることなくビッグデータで分析すること、またデータを断片化させず、一貫した視点で分析することです」と強調する。
生成AIを「分析の武器」に変えるには?精度を高める3つの要諦
続いて宮崎氏は、最近マーケティングの業務にも普及している「生成AI」について、データ分析においてどのような振る舞いをするのか解説した。同氏は「分析に生成AIを使うことも増えてきたが、特性を知らないと失敗する」と警鐘を鳴らす。
というのも、生成AIは十分なデータがない場合、「経験則のような推測」「あいまいで一般的な回答」「ソースや事実に基づかない回答生成(ハルシネーション)」といった、不正確な振る舞いをする可能性があるのだ。情報が足りない分、学習データにある特定の傾向や文化的バイアスがかかった回答をすることもある。
これに対して、どのような対策をしたらよいのか。宮崎氏は、以下の3つのポイントを挙げた。
1つ目は「情報の具体化」。2つ目に「推測と事実の分離」。3つ目が「不足データの追加」だ。
「問いに対して、目的や背景条件をできるだけ具体的に伝えてください。その後、AIに不足点を指摘させてそれを補完することが重要です。また、事実と推測を分けて解答させることで誤情報を抑える工夫が必要です」(宮崎)
宮崎氏は「AIの力を引き出せるかは人のリテラシーに依存するため、生成AIを活用する側の人間にこそ、継続的な学習とリテラシーが求められている」と指摘した。
2030年に市場は5倍へ。東芝自らが実践する生成AIによる業務変革
今後、生成AI市場は、2030年にかけて5倍程度の伸長が予測されている。学校でAI教育を行う動きも見られる。生成AIの活用は、どの企業も避けては通れない道だ。
そんな中、東芝では活用が困難だった社会インフラプラットフォームのデータを分析するのに生成AIを活用しているという。インフラで発生するデータは各々固有かつ複雑で、従来はデータ同士を接続して新たな価値を生み出すのは難しかった。しかし、生成AIやAIエージェントといった技術がこれを可能にしている。データの連携によって社会課題の解決を試みているという。
東芝社内では、2024年5月からAI活用推進をはじめ、現在一日平均1.6回ほど生成AIが活用されるまでに浸透した。一人当たり月7時間の工数削減を実現しており、業務効率化の効果も見られている。
社内の文化形成が進んできたため、顧客へのソリューションにもAIを導入する取り組みも始まった。その一つの例が、工場のラインを安定して動かす「工程改善アシストパッケージ」だ。
半導体の世界では工場の停止が多大な損失になるため、エラーが起きた際の早い復旧が鍵となる。そこで、KPIの異常値をAIが検知し、原因を特定、対策をレコメンドするサービスを開発した。
従来はベテラン社員の“経験と勘”に頼っていた原因究明の作業を、AIの力を借りることで社員全員が推進できるようにした。これによって、工場のダウンタイムの解消につながる。
インサイトとマスデータの「分断」を埋める。東芝が提供する次世代のマーケティング基盤
マーケティング分野でのAI活用ソリューションも提供している。東芝では、「スマートレシート」と「レシートスキャン」というアプリで購買データを収集している。
スマートレシートはスマホに電子レシートが届くアプリだ。一方、レシートスキャンはレシートをスマホのカメラで撮影すると、自動で内容を認識して記録できる家計簿アプリ。どちらも利用者の許諾を取ることで購買データを利用することができる。
ただし、そのままのデータは使いにくいため、AIでメタデータ付与やクレンジングを行い、さらに統計加工などを施してビジネスを推進している。
これまでのデータ分析の課題として、宮崎氏は「インサイトを測るパーソナルデータ」と「POSなどのマスデータ」に分かれていたことを指摘。
「消費者のアンケートデータなどは、インサイトを探ることはできるが定量的な観測が難しいという弱点もあります。一方、POSデータではどんな商品が、どういった属性に売れたかというデモグラを把握できますが、その先の行動までは追えません。各小売りチェーンでデータが区切られているため、横断できないことも課題です」(宮崎)
チェーンの壁を越える「One ID」。AIがレシートを価値あるデータへ変える
消費者が複数のチャネルで買い回りしている時代に、個別のPOSデータだけを参照しても消費者像を捉えきれない。
そんな中、東芝のスマートレシートとレシートスキャンを組み合わせたデータでは、One IDで会員の購買情報をトレースできる。レシートデータはそのままでは価値化が難しいため、同社の「レシートインフォマティクス」というAIを活用した技術を用いて、価値を向上しているという。
たとえば、スーパーの購買データのうち約44%を占める生鮮食品や総菜などの「インストア商品」は、チェーンごとに異なるコードが振られているため、従来は名寄せが困難だった。東芝のソリューションでは、AI技術を活用することで、「豚肉」「鶏肉」といった詳細な分類を付与できるようになった。
同社は、ZENB JAPANと共同でこのレシートインフォマティクスのソリューションを活用し、グルテンフリー食品の市場を分析。
アンケートでは「健康ニーズとの相関がある」ということが分かっていたが、公開ビッグデータを用いてAIで分析した結果、さらに詳しい定量的なマーケットの傾向が明らかになった。具体的には、グルテンフリー食品の購買特性は「糖質オフ」「タンパク質摂取オン」「食物繊維摂取オン」であることが分かったという。
グルテンフリーという新しいジャンルで分析する際には、商品をカテゴライズするところにハードルがある。さらに、グルテンフリーと相性のよい商品まで知りたい場合、データを幅広く捉えることも必要だ。東芝のソリューションが、ビッグデータのままカテゴリーを横断して分析するからこそ抽出できたインサイトだ。
「日々様々なデータが生まれ、使えるデータも多様化しています。それを人の手だけで検証していく活動には限界があります。そんな中、昨今のAIの台頭によって、大量のデータを多角的に分析することが可能になりました。個人のライフスタイルや価値観など、従来の分析では見えなかったテーマでデータが眺められるようになってきたのです」(宮崎)
このことから宮崎氏は「これからデータ分析には、人の経験やバイアスにとらわれることなくデータと向き合うことが求められるのではないか」と提起した。
現在東芝デジタルソリューションズでは、スマートレシートとレシートスキャンによって収集した公開データを、AIエージェントを介して会話を通して活用できる環境を構築している。公開データを幅広く活用することで、経営課題に迫るデータ分析や、自社だけで見えなかったインサイトの発見につながるだろう。
「自社のデータだけでは十分にインサイトが見えなかった、といった課題を抱えている企業さんは多いと思います。そういった時には、ぜひこの公開データを活用する方法をご相談いただければと思います」(宮崎)

