プロジェクトに手触りを取り入れるための唯一の方法
手触りは、企画書や仕様書では伝わらない。手触りは、おまけやエフェクト、アイ・キャンディ(eye candy:視覚的には魅力的だが中身のない表現)なので、最後の調整で入れられるというのも嘘。では、どうしたらいいのか。

手触りを入れる唯一の方法、それは「プロジェクトの初期段階でチームのメンバーや偉い人に手触りを見せてしまうこと」。「機能がいっぱいあるより、明らかにこっちのほうがいいよね」というのを現物で見せて、その力で引っ張る。「手触りを伝えるには実物しかない」と深津氏は繰り返して言う。
手触りを見せる方法
しかし、プロジェクトの初期段階で手触りを見せるにはそれなりの準備が必要だ。深津氏は、ふだんからアプリで使える動きや表現をライブラリやサンプルアプリにストックしている。そして、キックオフのミーティングのときに「こんな風に動くやつ、かっこいいですよね」と見せて、意思決定者を引っ張るのだという。
深津氏はここで、自ら作成した「手触りコレクションプレゼン用ライブラリ」を披露してくれた。

iPhoneのUIScrollView。画面を左から右にページをめくる表現のバリエーションを集めたサンプル。スクロールをするときにスプリングを使ったり、めくるかわりにひっくり返したり。このほかにもさまざまな動きのコレクションを深津氏は用意している。
手触りを取り入れるときに注意すること
このように手触りというのは重要なものだが、手触りそのものが派手になりすぎたり、コンテンツを邪魔するようになってはいけない。ここで以下のようなスイスのアーミーナイフの写真が登場した。

「十徳ナイフくらいなら便利だけど、どんどん機能を追加していくといつか必ず限界を迎えて『便利なナイフ』から『ダメなナイフ』になってしまう。iPhoneアプリに機能を追加していくと最終的にこういうふうになりますよ、ということをわかってもらうためにこの写真を見せると、みんなけっこう青い顔になったり、説得に応じてくれるんじゃないかと思う。」
「恥ずかしさ」の共有
「ちょっと精神論になってしまうが」と前置きして語ったのは「恥ずかしさの共有」。手触りに限らず、美しさやかっこよさを追求するとき、「いいものをつくりたい」というマインドでいいものをつくるのは非常に難しいという。とくにチームでやるプロジェクトの場合には。
「なぜなら人によって、いいものやかっこいいものは違う。そもそも何をもっていいとするのかを共有するのは難しい。けれども、『こんなの恥ずかしくて公開できない』というのはもう少し共有しやすい。『こんなの恥ずかしくて公開できない』というのを積み上げていった先に、わりと洗練されたものが出てくる。なので、『いいものをつくる』というよりは『恥ずかしいを潰していく』というマインドでやったほうが、手触りのあるアプリはつくりやすい。」
さまざまなプロジェクトにかかわってきた経験から出てきた考え方なのだろう。いいもの、かっこいいものは簡単にはできない。でもそれをみんなでなんとかやり遂げようとする強い意志を感じさせる言葉でもある。