ウォルマート、その規模ゆえの強み
一方で、売上高で47兆円を超え、小売業において圧倒的世界一の規模を誇るウォルマートを見てみましょう。第4回で紹介した「SCAN&GO」などのサービスをはじめ、ウォルマートはデジタル領域のR&D戦略においても独自の打ち手を見せています。
最近発表したアプリ「Walmart Savings Catcher」は、買物したあとにレシートのバーコードをスキャンすると、そのエリアの特売情報を分析。同じ商品を競合店舗がより安い値段で広告していた場合、最安値との差額を「eギフトカード」でバックし、ウォルマートの店舗で支払いに利用することができるのです。
ウォルマートも業績を伸ばしてはいますが、店舗を構えるリアルビジネスという性質上、アマゾンなどのネット勢力と比べ、成長率では見劣りしてしまいます。イメージとしては「守る側」という印象ですが、やはり特筆すべきはその規模です。特にデータの取り扱い、分析能力とそれを商品調達にまで活かす力は、そのスケールゆえの凄味があります。
現在、ウォルマートは1週間に2.45億人の来店客があり、そのデータ処理量は1時間当たり1.5ペタバイト(1500テラバイト)にものぼると言われています。それらをほぼリアルタイムに集積・管理・分析し、日々の仕入れや在庫管理、マーケティングなどに活かしていく環境を整えているのです。
オムニチャネルを支えるデータ活用基盤
アマゾン初期のCIOとしてプラットフォームを構築したリック・ダルゼルは元ウォルマートのシステム担当副社長であり、彼がかつて率いたウォルマートの情報システム部門は早くから本格的なデータウェアハウス(企業内データ集積プラットフォーム)を構築し、データ活用のリーディングカンパニーとして知られていました。
現在も企業内に蓄積されたデータを解析し、マーケティングなどに活かそうという「ビッグデータ」のカテゴリに注目が集まっていますが、実はこうしたムーブメントは初めてではありません。90年代~2000年代前半にも「ウォルマートのような売上に直結するデータウェアハウス体制を構築すべき」とする動きが大いに盛り上がりました。
こうした中で、他に先駆けて圧倒的な投資を行い、自社のデータ基盤を整理し、実店舗だけでなく、アプリやSNS、アドネットワークといった外部サービスまで連携させるAPIのレイヤーも充実。外部データを取り込み、それを活用していくエコシステムを築き上げたウォルマート。このようなプラットフォームは、まだ他では見ることのできないケースと言えるでしょう。

ウォルマートはまた、WalmartLabsという独立した研究開発組織も運営しており、ソーシャルデータを購買に紐づける研究や、アマゾンに対抗する検索・レコメンデーションエンジンの開発、テクノロジーベンチャーに対するM&Aも積極的に行っています。
今年5月には商品検索やカテゴリ分類の技術などでeコマース領域に強みを持つAdchemyの買収を発表。ZDnetの記事では、ウォルマートはAdchemyのテクノロジーをターゲティングの改善に活用すると見ており、既存の店舗利用者をベースに、オムニチャネルのかたちで売上を伸ばし、顧客のワレットシェア(Wallet Share)を拡大できればアマゾンを寄せ付けないだろうと、その規模の優位性を指摘しています。
聖戦の行方は?
ウォルマートは、国内外のあらゆる小売企業からそのモデルを参考にされており、オムニチャネル戦略においても完成されつつある企業といえます。しかし、対するアマゾンは、もはやそういった議論では語れない領域にまで踏み込んでいるように見えます。
前述のDashなどのデバイスもそうですが、当初報道された際にはその現実性を疑問視する声も出た無人ヘリ(ドローン)による実験にも、ジェフ・ベゾズは真剣に取り組んでいます。オンラインか、オフラインかという議論ではなく、「何が顧客を捉えるのか」という部分にすべての要素が集まっていると言っても過言ではありません。
度肝を抜く発想力を持ち、圧倒的な成長率を見せるアマゾンは、競合をすべてを駆逐し、小売消費の世界を支配するかのようなポテンシャルを見せています。ただし、リアルも含めた大量のデータから顧客動向を解析し、売場の「棚」で商品を訴求するという手法は、オンラインに閉じるアマゾンには手を出せない領域であり、ウォルマートの独壇場です。また、EC競争の激化でどんどん短時間化していく「配送」にはリソース不足が常に付きまとっており、課題は残されています。
この加熱する「聖戦」がどういう結末を迎えるのか、日本の小売業界に与える影響も大きいと考えられますが、その行方は当事者もつかみ切れていない“未来”の中にあるようです。