データの一元化で顧客体験の価値を最大化
まず紹介するのは、アドビ システムズでデジタルマーケティング製品統括責任者を務める上原正太郎氏によるセッションだ。上原氏は現在の消費者について「魅力的なコンテンツが溢れる中で、パーソナライズされたサービスやおもてなしを受けたいと感じている」と語り、現在のマーケティングにおいて必要な考えを説いた。
「現在のマーケティングでは、全てのエクスペリエンス(顧客体験)がブランディングに繋がってきています。エクスペリエンスは経営状況を左右するほど重要なものになっています。企業側もその変化を意識しながら、ビジネスに直結したデジタル施策を考えていく必要があるでしょう」(上原氏)
では、ブランディングに繋がるエクスペリエンスの提供には何が必要なのか。上原氏は、対応に欠かせない技術として「クラウド」を挙げる。現在スマートデバイスが浸透し、人々とデジタル環境の距離は身近になると同時に、取り扱うデータ量が急激に増加している。しかし、クラウドはこの急激に増加したデータ量にも柔軟に対応できるため、必要不可欠だという。
アドビもDMPやCMS、アナリティクスなどの機能を搭載し、全てのデータをクラウド上に一元化できるプラットフォーム「Adobe Marketing Cloud」を提供している。これにより、様々な機能で得られたデータをもとにした顧客体験の最適化ができるのだ。
重要なのは機械に何を学ばせるのか
また最近では、日本マイクロソフトの機械学習サービス「Azure Machine Learning」(以下、Azure ML)との連携も可能にしており、「他サービスとの連携も一貫性のあるエクスペリエンスを提供する上では重要」と上原氏は語る。(関連記事はこちら)
「例えば、Adobe Marketing Cloudで収集したデータをAzure MLで分析、そして分析結果をもとにレコメンドを行うことができます。こうしたマーケティングテクノロジーの連携は、細分化されているデータやマーケティング施策の一元化にもつながる。結果、ひとりのお客様に対して一貫性のあるエクスペリエンスを提供できるのです」(上原氏)
加えて、機械学習サービスとの連携は、使い方次第ではマーケターのスキルの大幅な向上が期待できるという。
「機械学習が導き出す結果は、必ず正しいわけではなく、精度を高めるには人間の力が必要です。人間の“文脈の理解力”や“成長に伴って培った常識”、“クリエイティブの創造力”を活かし、何を学習させるかを定義することで成果も大きく変わってきます」と上原氏は語り、講演を締めくくった。
マーケティングに活用しやすい5つのアルゴリズム
次に登壇したのは、ナレッジコミュニケーションの取締役副社長でCOOの小泉裕二氏だ。同社では2011年からクラウドインテグレーター事業を開始し、Microsoft Azure(以下、Azure)などの導入支援・運用サポートなどを行い、いち早く機械学習やAI活用に取り組んできた。
小泉氏はまず機械学習をマーケティング領域で活用する際の、基本的なアルゴリズムを5つ紹介した。
1.教師あり分類(Classification)
例えば、ECサイトにおいて過去の購入履歴や利用頻度、性別やアクセスログを学習させることで、優良顧客の特徴を抽出、そして分類できるようになる。
2.回帰分析(Regression)
数字の予測を行う。過去の実績から売上の予測をしたり広告や行動ログを学習して将来のコンバージョンの数やクリック数を予測できる。
3.レコメンド(Recommendation)
商品の購買履歴に基づいたレコメンドはもちろん、ある商品と類似しているものをすすめることも可能にする。
4.異常検知(Anormaly)
異常なものを検知することができるため、膨大なトラフィックの中から、人間以外のアクセスを検出したりブロックしたりレポートとして伝えるといった活用ができる。
5.教師なし分類(Clustering)
他のアルゴリズムと併用して使うことが多い。教師データと呼ばれる正解のデータがなくても利用でき、性質が近いものをグループ化してまとめるアルゴリズム。
「データの中で見えている物を手掛かりに見えていない物を予測する技術が機械学習です。これらのアルゴリズムとデータをもとに学習させることで、予測や識別を可能にします」(小泉氏)
小泉氏は加えて、「機械学習は、A/Bテストや会員分析など、すでに多くのベンダーから専用サービスが提供されている」と機械学習のマーケティングにおける活用は進んでいることを明らかにした。一方で、コンテンツ最適化やマッチング最適化など図の赤枠に囲まれているものは、効果が見込めるにも関わらずまだ活用が進んでいないという。
また、小泉氏は機械学習を活用する際にクラウドを基盤として活用することの重要性を語った。
「機械学習は利用にあたって膨大なリソースが必要となるため、Azureのようなクラウドの活用は、大きなメリットがあると考えています。またAzure MLには、最新のアルゴリズムが利用できる環境も整っています。自社で環境を用意して機械学習のモジュールを開発するよりも、格段に速いスピードで実証実験ができます」(小泉氏)
そう語る同氏は、一方で「自社でその環境を整えるのは難しい。良いパートナーと出会うのも重要」と最後に語った。
プライベートDMPとパブリックDMPを掛け合わせる機械学習の技術
次に、データを活用したマーケティングアクションのトレンドについてブレインパッドの取締役、安田誠氏によるセッションが行われた。
「データ・ドリブン・マーケティングの根幹にあるのがDMPだ」と語る安田氏は、以下の図を提示した。DMPは様々な広告施策はもちろん、複数チャネルからのフィードバックが全て集まる基盤であることを説明した。
「DMPには、企業が自社ビジネスのために利用するデータ基盤である『プライベートDMP』と、データ販売を目的として構築する『パブリックDMP』の2種類がありますが、どちらがいいというものではなく、機械学習の技術を活用して両者のデータを組み合わせながら、ビジネスを拡大させるマーケティングアクションへとつなげていくことが非常に重要です」(安田氏)
ブレインパッドはプライベートDMP「Rtoaster(アールトースター)」を提供し、企業のデータ基盤を支えている。くわえて、Rtoasterにはレコメンド機能を搭載しているため、データ蓄積のみならずリアルタイムに複数のチャネルで施策が実施できる特徴を持つ。
また、ブレインパッドではDMPで蓄積したデータをもとに機械学習を活用する取り組みも行っている。例えば女性向けインナーウェアを販売するピーチ・ジョンでは、これまでユーザーのセグメントを手動で行っていた。しかし、「Rtoaster」のレコメンド機能とデータマネジメントツール「DeltaCube」の自動クラスタリング機能を使い、セグメントの自動作成と機械学習による自動分類を実施。その結果、作業工数は下がり、もっとも効果的なセグメントではCVRが3.8倍に向上するなど大きな成果を上げた。
「機械学習のアルゴリズムは、後から調整が利く一方、データは蓄積しないと何も残らないので、何物にも代替できません。今後、データをどのように蓄積するかが、マーケティングの成否を分かつ大きなポイントになってくると考えています」(安田氏)
マーケターが機械学習を制するための第一歩は、知ること
最後は、日本マイクロソフトでパートナーマーケティングを担当する田中健太郎氏が登壇。同社の提供するAzure Machine Learning (Azure ML) をベースとした機械学習の活用法を解説した。まず同氏は機械学習の手法やできること、活用事例を示し、「機械学習にできることを知ることが活用の第一歩」と語る。
「機械学習は様々な問題が解決できる魔法の杖のように漠然と思われることが多いですが、重要なのは回帰分析やクラス分類、レコメンデーションなど、機械学習で何ができるのかの枠組みを理解することです。これによりご自身のマーケティング業務をどのように機械学習で改善できるかをイメージできるようになります」(田中氏)
また、同社が面白いのは、実際に機械学習の活用プロジェクトを進めているところだ。例えば女子高生AIで注目を集める「りんな」や顔写真から年齢を自動推定する「how-old.net」で消費者や開発者との大規模なエンゲージメントを生み出すことに成功。また最近ではソフトバンクロボティクスとの協業を通じ、PepperとAzure MLを組み合わせ接客から商品提案、販売管理を行える、人型ロボットとビッグデータ解析を組み合わせたユニークなオムニチャネル機能の開発も行っている。
これらの自社事例を紹介した上で田中氏は、「機械学習の手法を知る」「まずトライしてみる」「協力者を得る」の3つを機械学習活用の鍵として紹介した。
1つ目の「機械学習の手法を知る」は先述の大枠を理解し、自身のマーケティング業務に当てはめることを指す。2つ目の「まずトライしてみる」は機械学習活用にかかるコストは下がっており、取り組むことで知見を貯め、機械学習モデルを磨くことが先行優位になるという。そして3つ目の「協力者を得る」に関しては、機械学習の高度な活用には、IT部門を始め技術者との連携が必要となり、社内外問わず知見のある協力者と協働でプロジェクトを動かすことを指す。
マーケターでも使いこなせるMicrosoft Azure ML
機械学習の活用に必要な心得を解説した田中氏は、実際にAzure MLを使ったデモンストレーションを行った。
注目すべきは、その簡易性だ。Webブラウザ上で使える開発ツールを使えば、プログラミングなしの直感的な操作で開発でき、学習データを準備すれば機械学習モデルが作成できる。また、無料トライアルも用意されており、最初の一歩を踏み出すための技術的・コスト的な障壁は非常に低くなっている。
「サンプルの機械学習手法やデータセットを豊富に取り揃えていますので、機械学習で何ができるかも理解できます。実際に試してマーケティング活用のイメージを固め、その後本格的に導入・活用を検討する場合、社内にデータサイエンティストなどがいない際は、弊社のパートナー企業にご相談いただければ、具体的な機械学習を活用したマーケティング戦略・施策の実現をお手伝いできます」(田中氏)
マーケティング領域でも確実に活用領域が広がっている機械学習。まずはマーケターが何をしたいのかを明確化し、トライ&エラーを自社やパートナーの技術者とともに繰り返していくことが今後求められる。