どうやって科学的なアプローチでテレビCMを制作するか
横山:前著『CMを科学する』ではテレビCMの効果を正しく測定するためのアテンションについて説明しましたが、本書『届くCM、届かないCM』ではその総量を把握し、GRPと合わせて指標化することを提唱しました。その指標が注目量、GAP(グロス・アテンション・ポイント)です。
GAPがどういった要素で構成されているのかというと、CMを出稿した時間帯や番組枠が専念視聴されやすいかどうかというポジションの質に、クリエイティブのパワーを掛け算したものです。この中で重要なのがクリエイティブの変数です。その変数はCMに対するアテンション・インデックス値(テレビ画面注視率)を分析することで把握できます。
では、実際にどうやって科学的なアプローチでテレビCMを制作するか。その方法を提案したのが本書です。視聴者がどれくらい画面を注視しているのかというデータを得て、分析し、クリエイティブにアウトプットするまでを解説しました。
大橋:デジタルも含め、メディアへの広告露出量は機械的に計測できますが、最終的にどれくらい消費者に届いているのかはなかなか把握できていません。そのため、クリエイティブパワーの差異まではデータにならないと思われていました。
GAPは、人に着目することでそれを解決しようとする指標です。視聴者自身が意識しているかもわからない視線の動きを計測することで、表現に対する人の反応を数値で把握できるようになったんです。
GAPを成立させているのは、最新のセンサー技術です。これにより、個人の判別、目の開き方、画面に対して正視しているかどうかを毎秒で取得できるようになりました。
川越:今までの手法とは違ってデータを自動的に取得するので、視聴者の「素」の視聴行動を計測できます。これが本当に新しいところですね。
『CMを科学する』のときはテストでこの仕組みが導入されていましたが、今回は対象が600世帯、約1600人と増え、一般的に視聴率を計測するレベルでGAPを計測できる環境が整いました。
横山:20代の女性というセグメントができるようになったのがおもしろいところです。
川越:本書はテレビCMと銘打っていますが、マーケティングに関わる方であれば職種問わず読んでみていただきたいですね。間口が狭いように見えて、実はいろいろな問題について書いているんですよ。
なぜテレビCMの効果を測定すべきなのか
横山:テレビCMがデジタルに比べてどう優位なのかというと、やはり効果が長期的であることです。昔、ある大手の食品会社がテレビCMの予算を減らしたとき、しばらくは目立った変化がなかったんですが、数年が経つとボディブローのように効いて売上が落ちてしまったそうなんです。
このように、テレビCMはブランド・エクイティに相当寄与しているはずなんです。しかし最近、テレビからデジタルにシフトしましょうと言って振り子を極端に振ろうとしている経営陣を見かけます。私はテレビCMを減らしすぎるのはまずいと思っています。
なぜ振り子がデジタルに振れすぎるかというと、テレビCMの効果がはっきり見えておらず、アカウンタビリティを果たせていないからです。その一つはテレビCMによる長期間のブランディング施策への寄与。もう一つが間接効果です。テレビCM放映後のアプリダウンロード数、といったコンバージョンは見えなくはないですが、それ以外はよくわからないままです。
デジタルの動画広告に注力する企業もありますが、その1インプレッションの効果がテレビCMと比べてどれくらいなのかは評価されていません。デジタルに偏るとテレビCMの価値を見誤る可能性があります。
ですから、絶対に効果を測定すべきなんです。テレビ局も自分たちがバイサイドになったらどんなデータが欲しいのかを思い描き、きちんとテレビCMの価値を見定められるデータを供給しなくてはいけません。ところが、効果測定をきちんとやろうとしているのはバイサイドなんです。テレビ局がテレビCMの効果を知らずに、広告主のほうが知っている状況はおかしいでしょう(笑)。
今の時代は施策を細かく打って、短いサイクルでPDCAを回す必要があります。そこで微差が積もればのちのち大きく響きますから、その微差をデータで可視化していくわけです。テレビCMも同様です。
効果を左右する様々な変数がある中で、広告に関して言えばやはり、クリエイティブによるパフォーマンスの差が著しい。もちろんこれは誰もがわかっていたことですが、誰も可視化できませんでした。しないことで助かっていた人たちもいますからね。
ですが、きちんと評価したほうが回り回って広告主のためになります。また、いいクリエイティブができれば消費者のためにもなるはずです。日本のテレビCMは長い歴史がありますが、もっと発展させていくためには中身を可視化して改善する必要があります。それはセルサイドもバイサイドも関係ありません。
無意識の力を計測する
川越:テレビCMは投下量がわかっても、本当に届いているのかわからないので、効いていないように思われることがありました。実際に効果があるかどうかはマスマーケティングに関わっている方の感覚でしかわからなかったんです。それが、今回の調査で実際に効果がある、見られていることが証明されました。実は、テレビCMはきちんと効いていたんですね。
GAPを計測できれば、どんなクリエイティブがどれくらい効くのか、手がかりを得ることができます。そうすれば、テレビCMを視聴者の次の行動――検索や購買に紐づけていけるでしょう。
とはいえ、GAPのデータが細かくなればなるほど効果に影響する要素も細かくなるので、全体論として説明するのは難しくなります。今後は各クライアント、各ブランドの実例を蓄積していき、個々の事情や環境による違い、競合との関係などを説明していかなければなりません。
大橋:クリエイティブの変数については、丁寧に分析しないと落とし穴にはまることがあります。消費者調査で放映前にテレビCMの評価をするケースは少なくありませんが、それに従ってOKを出すと、実際には想定していた効果を示さないことがあります。
人は質問されたとき、その場に合わせたことを答えてしまいがちです。本音からは遠い評価であることもしばしばです。それがこの新しい方法論によって解決されるわけです。
おもしろいのは、経験を積んだクリエイティブ・ディレクターだと消費者調査の結果とは異なるクリエイティブ案を推すことがあります。人の本音のデータともいえるAI値は、時と場合にもよりますが、案外、クリエイティブ・ディレクターの確信と符合していることも少なくないんです。
川越:クリエイターは広告主が伝えたい情報よりも、消費者の立場で本音を取り入れようとするので、そうなる確率が高いのだと思います。クリエイターによっては調査データが実感とかけ離れていると感じることがあるわけですが、本書ではまさしく本音のデータを利用しているので、おもしろいと思ってもらえるのではないでしょうか。
大橋:本音とは意識上で整えられ言語化されたものというより、言葉にならず無意識の中に留まっているものです。従来の調査手法もたしかに一つの「データ」ではありますが、調査自体が含んでいる恣意性の影響を考えると、特にクリエイティブのような領域の判断材料としては不十分なデータと言えます。
マーケティングを展開していくうえでは、言葉と理屈だけで正解を導き出すのではなく、素のままの視線の動きであったり、これもまた本書で触れている脳波のような無意識の反応を計測・解読していく必要があるわけです。最近でも、理屈で説明できないヒットなんてたくさんありますよね。
川越:自分が普段生活しているときも、そんなに理性的に行動はしていません(笑)。なんとなくクリックしたり、なんとなく買ったりしていることがほとんどです。ですが、CM始め広告コミュニケーションが無意識に働きかけてくる何かはあるはずです。それを理解するためのテクノロジーがやっと登場したということですね。
テレビCMは広告であることが容認されている
大橋:僕らはずっと広告業界にいますが、近年では広告は邪魔もので、うっとうしいけれど仕方がないものだと言われてきました。デジタル領域でも純然たる広告はなかなか居場所を作りづらく、ネイティブ広告のような手法に注目が集まっています。私自身も、広告っぽさを隠し、コンテンツらしく振る舞う非広告的な方法に傾倒してきました。
翻って、テレビCMは「広告である」ことが容認されています。つまり、テレビCMは広告行為をきちんと行える場なんです。今、そうした場はとても貴重ではないでしょうか。
実は、CMらしいCMは平均アテンションが高くて、逆に宣伝感を消してエンタメ作品っぽくしたものだと多くは低調に終わります。要するに、自分たちの商品を丁寧に正直に伝えているテレビCMは嫌がられていないということです。それは視聴者がCMフォーマットを広告として見ているからでしょう。
横山:受容性が確立しているのは大きなポイントですね。
大橋:テレビCMが始まって反射的にイラッとする人は少ないと思いますが、デジタルだと広告が表示された瞬間にイラッとして消そうとします。その違いはかなり重要だと思います。
横山:一社提供番組を分析したんですが、そういう番組はCMも含めて許容されているようです。番組とCMが一体化したものとして受け止められているんですよ。
これがばらばらでいろんな広告が出てくると、番組内容とCMに乖離が起きてアテンションが落ちてしまいます。それは非常にもったいないことです。一社提供番組の意義はここにあると思いますね。
データさえ出せれば、テレビの未来は明るい
大橋:昨今、デジタル領域で新規メディアを作って広告で稼ごうというビジネスがけっこうありますよね。メディアを作るということは、良いコンテンツを積み重ねることです。そしてその中に入ってくる広告は少しでもユーザーの役に立たなければなりません。そうした小さなことが積み重なって信頼に繋がってくるんです。
長く残るメディアと付け焼き刃的なメディアだと、積み上がっているものがまったく違うでしょう。テレビは信頼が積み上がっています。たとえば、子供番組の間に子供向けの玩具のCMがあるのは自然で意味のあるものとして受容されてきました。テレビの強さはそこにありますから、これを使わない手はないでしょう。
横山:広告主からしても、テレビほど効率のいいメディアはありません。バイサイドとしてはまだまだ大事にしたいんですから、セルサイドにはもっとその気になってもらいたいところです。
今や視聴者データを利用したドラマ制作までしているNetflixのようなサービスとの差はすさまじいですよね。それを捲土重来、一気に埋めるには、たとえば20代女性がテレビに出てくるどんな要素に対してアテンションを向けているかというデータを元に、どう番組を作るかを考えることです。
川越:GAPを活用すれば、テレビ局はもっと売れるコンテンツを作れますよね。そうすると広告主も増えるでしょうし、未来は明るくできると思います。
横山:私たちは昔からテレビ業界に付き合ってきて、CMも作ってきました。とにかくテレビが大好きなんですよ。だから、テレビというメディアがデータを出せないという理由で瓦解していくのは耐えられません。世の中の流れに合わせてデジタルに対応し、再興していってもらいたいですね。