デジタルのスピードと適応力に後押しされて、マーケティングの世界で、もっと広く言うとビジネス全体において、アジリティが追求されるようになっている。デジタルのスピードにより、新たなチャンスや脅威、変化する環境、市場からのフィードバックに素早く対応できる可能性が生まれる。また、デジタルの適応力により、コンテンツやサービスを大規模に、かつ正確に、そして比較的簡単に変化させられる可能性が生まれる。
『ハッキング・マーケティング』(翔泳社、2017年)より
マーケティングをどのように管理し進めていくかというマーケティング・マネジメントの手法について解説した『ハッキング・マーケティング 実験と改善の高速なサイクルがイノベーションを次々と生み出す』で、著者のスコット・ブリンカーは多くの企業のマーケティング・マネジメントについて「予期していなかった事態をきちんと計画に織り込むとしても、それが次の四半期では遅すぎる」と書いている。では、どれくらいの期間でアップデートしていけばいいのか。
ブリンカーは「2週間」だという。
四半期(クォーター)をマーケティングやプロジェクトの単位期間とする現状に慣れきっていると、これは無茶に思える。しかし、デジタルのスピードに対応するには妥当な期間ではある。この2週間で起きた予想外の事態やトラブルを振り返ってみてほしい。
皆さんの会社でも当たり前になっているかもしれない「遅いマーケティング」を、ブリンカーはハッキング――よりよくしようと提案する。そのための手法として、本書ではアジャイルマーケティングが詳細に解説される。マーケティングに臨機応変、即時対応が求められる今、そのエッセンスを紹介したい。
アジャイルマーケティングはいくつもの新しいアイデアを試せる
そもそもアジャイルとはソフトウェア開発で用いられていた開発・マネジメント手法で、計画や業務を短期間のフェーズに分割し頻繁に見直しと適用を図ることを意味する。「2週間」は、アジャイル開発における「短期間」を表す一般的な目安である。
アジャイルの考え方において(より正確にはアジャイル・マネジメントの手法である「スクラム」において)、短く反復的なサイクルで実施する業務のプロセスをスプリントと呼ぶ。アジャイルマーケティングでは、一つのプロジェクト(施策、テストなど)において多数のスプリントを次々に行い、調整やアップデートを行う。
スプリントでは具体的にどんなことを実施するのか。まずは必要なタスクを優先度順に並べる(「バックログ」を作る)。タスクとは1回のスプリントで完成させる仕事のことなので、大きなタスクは小さなタスクへと分解しなければならない。重要なことは、状況が変わったらバックログをすぐに更新すること。そのために、バックログはチームメンバー全員で把握している必要がある。
タスクの優先度はどのように決めればいいのだろうか。ブリンカーは「それを行うとメリットが生じるから」では優先度の指標として不十分だと言う。ゆえに、その時点での目標などを踏まえ、他のタスクと比べてそのタスクに投資する価値があると判断されたとき、優先的に扱うようにする。この基準を設けることで、効果の少ないタスクは自然に間引かれていく。
と同時に、1回の短いスプリントは少ないコストで新しいアイデアを実験する機会を与えてくれる。様々なメディアや人聞きで新しいアイデアの成功事例を知ることは多く、他社に後れを取りたくないと思うのは当然だ。しかし、成功の裏には数えきれない失敗がある。失敗すれば投資が無駄になる。だから新しいことに挑戦できない。四半期を単位期間とするこれまでのマーケティングではそうだった。
しかし、2週間で新しいアイデアの結果がわかるとしたら? ダメでも損失はわずかだ。効果的でないアイデアはすぐに捨てられる。アジャイルマーケティングは少数の大型の賭けよりも、無限の小さな実験を好むのだ。構造的に、コンコルドに投資し続けてしまう心配はない。
降って湧いた問題は次のスプリントで対応する
バックログが整理できたら、次に「スプリントプランニング」を行う。これは優先度の高いタスクを仕上げるのにどれくらいの作業が必要か推測し、どのチーム/メンバーが引き受けるかを検討することをいう。
ここでは通常、マネージャーにタスクを押しつけられるのではなく、チーム/メンバーがタスクを完遂できるかを判断して引き受ける。プッシュ型ではなくプル型の原則がアジャイルマーケティングを可能にするのだ。ただし、だらだらと検討するのは無駄なので、スプリントプランニングは2週間のスプリントであれば週最大4時間までとする。
タスクの担当が決まれば、実際の作業が待っている。ここまでで随分と時間を使うように思えるが、作業に入ってしまえば管理にかかる時間は少なく、作業を進めるためだけに時間を使うことができる。デイリースクラムと呼ばれるチームミーティングも毎日15分だけ、立ったままで。常に同じ時刻、同じ場所で実施するようにする。
デイリースクラムではメンバーそれぞれがお互いの状況を透明な状態で共有するために、三つの質問に答える。
(1)昨日は何をしたか
(2)今日は何をするか
(3)スプリントの目標達成の妨げになりそうな障害はあるか
他のメンバーが何をしているか把握できていれば、自分が何をすべきか簡単に調整できる。その間にマネージャーが入る必要もない。大事なことは問題をできるだけ早く表面化させることだ。
スプリントの途中で問題がいきなり降って湧くこともある。そのときはバックログに追加し、その都度の対応=割り込み駆動をできるだけ避けよう。そうしないと、作業中のタスクにかける時間・労力が減ってしまう。今やっていることを放り出して対応すれば、そのあとのあらゆる作業に影響が及ぶ。それをどう取り返すか――「必死で働け」。
アジャイルマーケティングはそんな非人道的なスローガンを破壊できる。次のスプリントが始まる2週間後(平均すれば1週間後)であれば、たいていの問題には間に合うだろう。もし緊急で何か新しいタスクに取り組まなければならない場合には、他のタスクを取り除く(次のスプリントに回す)のがルールだ。
フィードバックを次のスプリントに活かす
スプリントが終了したら、何を行ったかを検証する1、2時間の「スプリントレビュー」を実施する。目的は実績を認めてもらえる機会を作ること。そして、社内のより多くの人にマーケティング部門が何をしているのか知ってもらうこと。最後に、達成したタスクに関してフィードバックをもらい、何を学んだか議論し、新たな問題を発見し、次に何ができるかアイデアを出すこと。
スプリントレビューでは具体的に、チームとステークホルダーが集まり、何が達成できたかを確認する。たとえば、新しいコンテンツやキャンペーン、ソーシャルメディア活動、デジタルマーケティングの効果検証なども含まれる。終了したばかりのタスクから得られた知見に基いて、新たなタスクが追加されたり既存のタスクが修正されたりするだろう。
もう一つ、どのように行ったかを検証する「振り返り」も必要だ。これはチームメンバーだけで行い、各々が以下の三つの質問に答える。
(1)何がうまくいったか
(2)何がうまくいかなかったか
(3)次のスプリントではどこを変えるべきか
最初の質問は振り返りを前向きな雰囲気でスタートさせるために大切だ。うまくいったことを強化できれば、振り返りが嫌な経験の場にならない。また、誰かが新しいアイデアを試したスプリントの直後で、それが成功したのであれば、チーム全体でそのアイデアを共有できる。
二番目の質問では、個人を責めたり非難するのではなく、プロセスやツール、手法、方針、外部要因、結果に関するものに回答を絞らなければならない。生産性とともにメンバーの幸福感を高めるのが振り返りである。
最後の質問は二つ目の質問で挙げられた懸念を防いだり緩和したりするために行う。問題が再発しないと思われるときは何も変える必要はないが、継続的に起こりそうな問題なら解決策を議論すべきだ。小さな失敗をもとに、チーム全体が解決策を共有できるようになるだろう。
振り返りは車輪を再発明して、さらに誰かの轍を踏むなんてことがないようにするための場であり、後ろ向きに反省する場ではない。だから、前向きにどんどん変更を取り入れていこう。プロセスを継続的に変更するのが当たり前になれば「いつもこうやっているから」という言い訳もなくなるだろう。
これらが終われば、また次のスプリントが始まる。
今回紹介した手法はアジャイルマーケティングの一つである。本書をスタート地点と捉え、ニーズや環境に合わせてバリエーションを考えるのも有効だ。もし皆さんが自社のマーケティング・マネジメントに満足できていないなら、ぜひハッキングしてみてほしい。