顧客を“わかった気”にならないこと

特に消費財は、1日の中でその商品やカテゴリーのことを考える時間は相対的に少ない。調査やグループインタビューのときは話してくれても、顧客はその一面だけではない。顧客は常に変化しているので、100%わかり合えることはないという前提に立って、わかるための努力を続けることが重要なのだ。
顧客中心主義とはどういうことか?
(そもそも)
ヒトのことは、なかなかわからない。
(という前提)
↓だから
●わかった気にならない。
●わかるための努力を続ける。
生活者のありのままを捉えることは、デジタルマーケティングによって相当に発展してきた。「花王という伝統ある企業に、そうした実態ベースの捉え方がどこまで浸透しているか」という西井氏の問いに、鈴木氏は「アスキングに限界があるという意識はかなり高くなっている。それは仮説検証にはいいが、仮説構築にはならない。今、重視している方法のひとつはリスニング」と鈴木氏は答える。「行動経済学も有効だと思う」と木村氏。
2つ目のテーマは「そもそもあるべき体験設計とは?」。田口氏は、「基本的に顧客がブランドに望むものは、顧客の中にある」と語る。それを、企業にとっても望ましい形で具現化する、体験として提供することが大事だという。
「マーケティングはストーリーを語ることだとよくいわれるが、企業が語る物語はあくまできっかけに過ぎない。そこから、顧客が自分なりの物語の続きを描くことをイメージしている」と田口氏。たとえば大人になって偶然サンリオに触れ、そういえば小さい時に買ってもらったな、と思い出すことから改めて愛着が生まれるような体験は、個人個人によって異なる。「ブランドが理想とする画一的な顧客体験ではなく、『ブランドの働きかけによってどんな体験が引き起こされるか』を想像しながらコミュニケーションを設計すること。それが、顧客中心のマーケティングにつながっていくのでは」と田口氏。
ブランドの世界観の中で、顧客自身が自ら物語を作る
顧客体験の設計というと、昨今最もよく耳にするのは「カスタマージャーニー」という概念だろう。西井氏が「カスタマージャーニーを作るという話になると、各接点で顧客の気持ちや行動が分岐していくツリー構造が思い浮かぶが、それとは違う?」と問うと、「私自身は、カスタマージャーニーという発想には若干ネガティブな印象がある」と田口氏は答える。
「顧客がこちらの思い描く通りに歩くことはない。顧客は自由であり、価値観もバックグラウンドも異なるので、ジャーニーを1本の線で描くのは不可能。だから、幾通りもの道筋の各所にその人の気持ちや思い出を揺り動かすような、ブランド想起のスイッチを埋めていくことを心がけている」(田口氏)
木村氏も、「田口さんの提示した、1本の線ではなく顧客を様々なブランド接点が取り巻く円の構図は、とても大事だと思う。人は設計図通りに動いてくれない」としながら、近年スタンダードになっているインテグレートキャンペーンの“1.0”から“3.0”への変遷について言及する。
曰く、1.0はどのチャネルでも同じビジュアルとコピーで大量に接触すること。2.0はチャネル間の動線をユーザーがたどってくれるというカスタマージャーニーの発想。そして木村氏が3.0と呼ぶのは、まさに田口氏が提示した、顧客が広告や口コミやイベントなど様々なブランド体験に囲まれ、どこから入ってもいいという構図だ。「複数の体験を紡いでその人なりの物語ができる、全員が違う絵本を作っていくようなイメージ」と木村氏。田口氏はその考えに呼応し、「我々は、ブランドの世界観の中で顧客が自分の物語を作る手伝いをするのが理想」と語る。