近寄ってくれた人からコミュニケーションは始まる
消費財メーカーとして、これまでマス広告を中心に商品の機能訴求やベネフィットを伝えてきた花王でも、感情訴求・感情分析に基づいた動画マーケティングに取り組むなど、新たな手段を模索している(参照記事はこちら)。「機能を求めている人もいるが、そこから入らない人がいてもいいよね、と考えるようになった」と鈴木氏。
最後のテーマは「体験設計の際に大切なこと、うまくいかないこと」。顧客とブランドとの接点を円で表し、どこから入ってきてもいい前提で体験を描くとなると、ともするとブランドの像が統合されず“多重人格”のように受け止められはしないだろうか? 「各所でそれぞれの顔をするとなると、核となるブランドとは何なのか、以前の画一的な体験設計よりも難しくなるのでは」と西井氏は提示する。

それに対して鈴木氏は、「人間もいろいろな顔がある。それと同じで、本質的な結びつきに注目したい」と語る。「今日は私はよそゆきの顔をして話しているし、それを見て近寄ってくる人もいれば逃げていく人もいるかもしれない。でも、近寄ってきてくれた人からコミュニケーションは始まる。ブランドも、見せる面が異なると、後から当然『思っていたのと違う』と去っていく顧客もいると思うが、それも含めて相対していく必要があるのだろうと感じている」(鈴木氏)。
「博報堂ケトルでも、ブランドには違う顔があっていい、多面体にしていくと話している」と木村氏。経済の観点で、SNSで、テレビで、と様々な場所で語られるブランドは、同じ顔になりようがない。だからこそ大事なのは、到達点は同じところを見据えることだ。
顧客中心主義を通して目指す理想の関係とは
木村氏は、個別の要素をひとつの体験に紡いでいく、それを動画で実施した直近の事例として、ソニーが今年のSXSW(サウス・バイ・サウスウェスト)で発表したブランディングムービー「The WOW Factory」を紹介する。一人の青年が個別の体験やテクノロジーに接しながら冒険していく内容は、同社がSXSWの出展ブースにエンターテインメントとして展示した各種の最新デバイスをひとつの線にし、ユーザーにどんな意味合いがあるのかを気づかせる役割を担った。
田口氏は「企業の視点ではブランドはひとつでも、ユーザーはブランドに様々な思いを感じる。その感じ方のそれぞれが、ブランド構築につながる」と語る。「特に強い絆があるファンの場合、『私の何%はキティでできている』といった声も聞く。その人のアイデンティティの中にブランドが存在するようになれば、どんな接触の仕方も望ましいブランド体験になる」。そんなあり方が、顧客中心主義を通して目指すひとつのゴールといえるだろう。
最後に、会場から木村氏の「生活者が中心にある発想は東洋的」という点の発展性について質問が上がった。木村氏は「宗教色の薄い日本には元々、人々の間に入ってインサイトや欲求を調べることを起点に、インサイドアウトでコンテンツができてきた歴史が底流にある」と解説。その方法はマスマーケティングの時代は効率的ではなかったが、カスタマイズが可能なデジタル時代になり、「こちらが本流なのではという西洋諸国の注目を感じている」と語る。
西井氏は「日本でも、それをまだ体現する企業は少ないと思う。でも、多チャネルでそれぞれ適した体験を設計し、それが個々のジャーニーとなるようなコミュニケーション戦略を日本発でつくれれば、グローバルで標準化することも視野に入ってくる」とまとめる。顧客を中心にしたブランド構築が、日本の強みにもなり得る可能性を感じさせるセッションとなった。