デジタルマーケティングで変わるクリエイターの役割
電通デジタルは、マス、デジタル系ダイレクトの各広告クリエイターやデータアナリストなどスペシャリストを集結したクリエーティブチーム・アドバンストクリエーティブセンター(以下、ACRC)を2017年4月に設立した。本セッションのスピーカー、小林慎一氏もコアメンバーとして参画している。
ACRCは、外的環境やオーディエンスデータに応じて変化するダイナミッククリエーティブバナー「バナーレボリューション」や、インスタグラマー向けの動画編集ツール「MOVIE GENIC」などのソリューションも開発。クリエーティブ制作からアドテクノロジーの活用まで幅広い対応が可能なチームだ。
なぜ電通デジタルは、このような体制を敷いたのか。
その理由として小林氏は「デジタルマーケティング時代におけるクリエイターの役割が、変化してきたこと」を挙げる。
今年2月に電通が発表した「2017年日本の広告費」では、ネット広告費の4年連続二桁成長が報告された。特にモバイルの運用型広告・動画広告の成長が加速している。
獲得施策として使われてきた運用型広告をブランディング目的で活用するケースが増えており、広告主各社のデジタルトランスフォーメーションにともなって、ネット広告の活用がさらに広がっていくと見られている。このような環境の変化から、ACRCは設立された。
「クリエイターのデジタルの仕事とは、バナーやバズ動画といったデジタルコンテンツを作ることではありません。デジタルマーケティングに基づきコミュニケーションを設計し、広告全体の戦略を考えることなのです」(小林氏)
3年以内にすべての広告はフルファネルクリエーティブへ
では、今後クリエイターにはどのような役割が求められるのだろうか。ここで小林氏は、ACRCへ多く相談が寄せられる2つの課題を紹介した。
1つ目は、デジタル系クライアントが得意とする運用型広告の手詰まり感だ。ECやアプリなど、オンラインにコンバージョンポイントがあるサービスが先行してきた運用型広告は、PDCAを繰り返し、最適なクリエーティブ・CPAを算出・獲得を目指すことが基本。しかし、
「運用型広告を早くから活用していたデジタル系のクライアントは、PDCAの限界を迎え、刈り取り尽くしてしまったという課題を抱えています。ゆえに、認知を上げてブランドリフトをしたいという要望が非常に高まっています」(小林氏)
マス広告を用いて潜在層・無関心層への認知を行い、CPAを下げ、予算の最適化を図りたいデジタル系クライアント。そして2つ目の課題としてマス中心だったクライアントは、デジタルマーケティングの重要性を理解しつつも、それを担う人材が不足していることに悩んでいる。つまり、クリエイターとしてマス・デジタルともに理解をしていることが求められてくるのだ。
さらに、これまで通りテレビCMを打てば認知が上がる、バナー配信やSNSの運用をすれば獲得につながるということではない。マス広告の領域と獲得領域がシームレスとなりつつある今、小林氏は「3年以内に、ほとんどの広告はフルファネルクリエーティブになるでしょう」と語った。
フルファネルクリエーティブに必要なSHOW・STORY・SALEの3Sメソッド
フルファネルクリエーティブとは、すべてのファネル階層に最適化できるクリエーティブのことである。
特にモバイルによる動画閲覧が日常化し、これまで認知・興味用途に使われていたオンライン動画広告が検討や購買といったファネルでも活用できるようになっていく。
動画制作の指針として、Googleは3Hというメソッドを提唱している。これは動画の目的を、話題にしたくなる・HERO、ターゲットとブランドを結ぶ・HUB、知りたいことに答える・HELPの3つに分けたものだ。
コンテンツ発想のため、オウンドメディアやSNSなどのアーンドメディアで有効的。対して、コマーシャル発想のメソッドとなるのがACRCの提唱する「新・3Sメソッド」である。
3Sメソッドは、動画の目的をSHOW・STORY・SALEに分ける。ブランドの世界観や訴求ポイントをクリエイティビティに印象づける動画、SHOW。ターゲットへブランドの価値をストーリーで伝える、STORY。そして購買につながる(動画)広告SALEだ。
ブランドや商材に合わせて、3H型と3S型、そして両方を活用したハイブリッド型で対応していくことが望ましい。
たとえば、リーチと話題化が重要なジュース・おかしといった非耐久消費財は、3H型でHERO動画を。車や高級ブランドなど、認知から購買までの時間がかかる耐久消費財は商品が持つ価値ストーリーを伝える3S型のSTORY動画が有効だ。
資料請求などオンライン上でコンバージョンする商材は、SHOW・STORY・HELPのSH型で申込・購買ファネルを重視する。
さらに小林氏は「購入後の逆ファネルも大切です」と指摘し、REPEAT・RELATION・RECOMMENDからなる3Rメソッドをもとに、リテンション施策についても言及。デジタルマーケティングは、幅広くコミュニケーション設計が必要であることを説いた。
車の機能ごとにSTORY動画を制作、750万再生を達成したSUBARU
続いて小林氏は、事例として架空のビジネス情報アプリのコミュニケーション設計を挙げ、フルファネルクリエーティブの実用方法を紹介。
「動画広告にSHOWやSTORYという目的を持たせ、ファネルに対しクリエーティブを最適化する。すると今後のテレビCMは、認知・理解・検討とすべての要素を盛り込むのではなく、ブランド寄りへ変化していくでしょう」と語った。
さらにフルファネルクリエーティブを活用した動画広告施策の事例として、SUBARUのインプレッサが紹介された。
デジタルマーケティングが進むSUBARUでは、デジタル上のどのようなコンバージョンが車の購入につながるかのデータが存在する。それを元に、ブランドサイトへの集客を目的とした施策が作られた。
テレビCMと動画広告の両方に接した人は、コンバージョン率やブランドリフトが大幅にアップしたというデータがあり、施策は3Sメソッドで制作された広告動画の配信がメインとなる。
そのうちキーとなったのは、ミドルファネルへ向けられたSTORY動画である。SUBARUの哲学である「安心と愉しさ」にターゲット層となるファミリー層の共感視点を加え、「安全性能」「動的質感」「静的質感」という機能ごとにSTORY化した。
「動画広告は5本制作し、再生数は合計で750万再生。つまり予算を最適に配分し配信すれば、情報を丁寧に届けることができます。ファネルのどの部分を狙うのか、KPIは何か、効果検証をどうとるのか、そのようなフルファネルの動画広告が必要となってきているのです」(小林氏)
トップファネルのクリエーティブはブランド寄りへシフトする
フルファネルクリエーティブの考え方は、もちろん動画広告だけに留まらない。その事例として紹介されたのは、カネボウ化粧品のエビータ。
「50歳からのエイジングケア」のイメージからボタニバイタルというコンセプトへ一新。ターゲットを30代からに広げるという大幅なモデルチェンジを行った。
ACRCでは、3S型メソッドをもとにSHOWとなるテレビCMや動画広告、SALE要素のブランドサイト制作からECサイトでの購入、店舗での購入まで含めたコミュニケーションを設計。
STORY要素では、コスメサイトでのタイアップやインフルエンサーによる口コミ施策でターゲットに対して興味・理解を促進している。
トップファネルのクリエーティブについて、繰り返し「ブランド寄りへシフトしていく」と語る小林氏。エビータのテレビCMも、ブランドメッセージである植物の生命力を感じさせるクリエーティブとなっている。
動画広告プラットフォームUNRULYの調査によると、動画は再生回数よりもシェア率が重要となり、そのトリガーとなるのは感情訴求型のクリエーティブだ。
GoogleとMondelez社の共同調査では、「シェアを促す中長尺の動画が人の心を動かす」という結果が出ており、動画広告にも質の高さが求められてくる。
人の感情を動かす、ブランドの世界観が映し出された中長尺の動画が主軸となると、PMP(Private Market Place)での配信に需要が高まり、テレビCMと同様のブランディング施策が動画広告でも可能になるだろうと小林氏は予測している。
クリエーティブ人材は変化を恐れず、変化を起こす側に立つべき
以上を踏まえ、今の時代に必要とされるクリエーティブ人材は、もはやハイブリッド型では間に合わない。
コミュニケーションデザイン、クリエーティブディレクション、プラットフォーマーへの理解、アドテクノロジーの活用……と、3つ以上のスキルが求められてくる。
さらに各種ポイントカードによる店頭購入コンバージョンやGPSなどを使った「ストアビジットコンバージョン」「ロケーションターゲティング」などが、2・3年のうちに当たり前になると見られている。「すべての商品・サービスがデジタルマーケティングの対象となり、オンオフが統合されていく」と小林氏。
AGFA(Apple、Google、Facebook、Amazon)などのデジタル企業が他の領域へ進出していることや、大手デジタルエージェンシーがコンサルティング会社に買収されていることにも触れ、さらなる激変に向けて次のように提言しセッションを締めくくった。
「AIがスマホのように当たり前になる世界は2025年と予想されています。そのような時代に、広告、そして広告クリエーティブはどうなっているのでしょう? 変化は激しく、速い。もはや変化を恐れないでは足りず、変化を作る側にならなければいけません」(小林氏)