経営にデザインのビジネスインパクトを伝えるには?
阿部氏は、デザインスプリントに取り組んだことで、結果的に3つの失敗を乗り越えることができたと語った。
1つ目の失敗「UXデザインの理解を深めるためのUX啓蒙ミーティング」については、現場の業務に即した参加型のデザインスプリントを実施したことで、コミュニケーションが濃密となり、UXに関しての理解を深めることに役立ったと評価している。
2つ目の失敗「UXを意識させるためのUXワード」については、グラフィックレコーディングを使ったことが、コミュニケーションの円滑化につながったとみている。以来、ミーティングの時は、紙とペンでイラストを描きながら話すようになったという。イラストでは指差し確認ができるので、間違いに早く気付くことができ、お互いの理解の齟齬が少なくなる。
3つ目の失敗「すべてのデザイン業務を受ける」については、デザインの手法で取り組む案件ごとに、フレームワークを用いてビジネスインパクトを評価することで克服した。使ったフレームワークは、顧客行動を分析する「AARRR(Acquisition, Activation, Retention, Referral, Revenue)モデル」「KPIツリー」「ジャーニーマップ」だ。
阿部氏は、「これは当然の話ですが、経営層はデザインにROIを求めます。経営層としては数字で判断したいのですから、デザインも数値化にこだわる必要があります。まだ、具体的に示すことはできていませんが、どうすればUXデザイン室の取り組みを数値化できるかにこだわり、挑戦し続けています」と解説。KPIシートやメトリックトラッカーを作って、説明責任を果たすことに注力しているという。
こうした数々の活動が評価され、昨年から新入社員が阿部氏の部下に配属された。念願だった人員補充がついに叶ったのだ。その社員は、ユーザーテストの実査からスタートして、今では一人でユーザーテストの設計から、3C分析、情報設計、プロジェクトマネジメント、ABテストでの仮説検証といった業務を任せられるほどに成長したと、阿部氏は目を細める。
人員が強化されたこともあり、今後は「ゆりかごから墓場まで」のたとえの通り、ユーザーが口座開設前にSBI証券という存在と出会い、ユーザーとSBI証券の関係性が深まり、いずれは何らかの事情で解約に至るかもしれない、一連の時間軸の中で快適な体験を提供していくことを視野に入れる。
阿部氏はUXデザイナーの役割を「社内の黒衣(くろこ)」になぞらえる。主役はお客様と各商品の担当者なのだから、デザイナーに求められるのは、両者をサポートし円滑なコミュニケーションを実現することだと考えているのだ。
SBI証券としてもUXへの取り組みを強化する決断がなされ、2018年2月、UXデザイン室が正式に設置されることが決まった。阿部氏は周囲の期待に応えるべく目まぐるしい日々を送るが、できて間もない組織ということもあり、まずは役割や責任を明確にして、各部門との良好な関係を作るところから始めているという。
「UIデザインの統一から始まった取り組みでしたが、SBI証券の顧客中心主義のビジョンに即した業務を進めていきたいと思います。そのためにも、お客様とのすべてのタッチポイントに関与し、UXデザインの改善に取り組んでいきます。働く私達が誇りを持ってお客様により良いサービスを提供できるように、全方位のUX活動にチャレンジしていきたいと考えています」と阿部氏は今後の展望を語り、講演を締めくくった。