『漫画 君たちはどう生きるか』が爆発的に売れたのはなぜ?
――コルクは、かつてなかった作家のエージェンシーとして設立され、この6年間にたくさんのヒット作を世に送り出しています。最近のトピックとしては、1937年の吉野源三郎の名著を原作とする漫画『漫画 君たちはどう生きるか』(原作:吉野源三郎/漫画:羽賀翔一/マガジンハウス)が現在200万部を突破し、今なお売れていますね。まず、このヒットについてどうご覧になっているか、うかがえますか?
佐渡島:『漫画 君たちはどう生きるか』のヒットは、コルクのコミュニティが原動力になったというよりは、「どう生きるか」という問いかけが、今この時代の人々に響いたのだと思います。新聞広告や交通広告といったマスプロモーションを丁寧に行いながら、ネットでの拡散にも注力した結果、10~20代と50~60代にも届けられたことが奏功したと思います。
――丁寧にプロモーションをやれば、書籍もまだこんなに売れる可能性がある、と。
佐渡島:それもありますが、最近は一度でも風が吹くとその流れが止まらなくなりますよね。一方で、昔なら大ヒットしていたような“超一流”の作品も、今だと3~5万部に留まってしまう。超一流であって初めて、大ヒットになる可能性のある宝くじを手にできるのだと思います。
一度プロモーションの波に乗れたら、テレビ取材も入るし、ネットでもどんどん拡散され、今日みたいにインタビューでも話題に出してくれる。情報がネットとマスの両方で広がっていくんです。その波の中で、マガジンハウスが在庫を切らさずに、発行している様々な媒体で露出するなどベーシックな戦略を展開したことがポイントだったと思います。
編集者 佐渡島氏の「おもしろい」の基準
――それにしても、羽賀さんの才を見抜かれたことや、漫画『宇宙兄弟』のヒットについても、佐渡島さんの先見性はどのように培われたのだろうと考えます。「おもしろい」「これはイケる」と判断する基準ってありますか?
佐渡島:「おもしろい」とかの形容詞でしか伝えられないことはあるのですが、一方で形容詞はメモリーとして雑なんです。本や映画に触れた感想を、おもしろかった、楽しかったというメモリーに入れてしまうと、それ以上深掘りしないですよね。一度ラベルを貼ると、みんな満足してしまう。
でもコンテンツを作る時は、それでは不十分です。僕の場合は、「あの作品よりおもしろいかな?」「何点くらい上回っているかな?」と分析していきます。たとえば、「これは『宇宙兄弟』の1話目よりもおもしろいかな?」とか。
ちなみに、『宇宙兄弟』を出す時は、1話目のゲラを1ヵ月持ち歩きました。酔っぱらっても焦っていても、いつ読んでもおもしろいと思ってから、これ以上直さなくてもいい判断しました。経験を積むと、比較対象がたくさん出てきますから、分析の精度も高くなってきます。
――細かく比較されるんですね。
佐渡島:そうですね、でも全体的に基準が上がっているな、とは思います。
――基準が上がっている、とは?
佐渡島:たとえば、昔はアルデンテのパスタが食べられるお店は少なくて貴重でした。でも今では、普通の喫茶店のパスタだって大体おいしいですよね。それと同じです。
今の日本における商業コンテンツで、つまらないものはそんなにありません。そうすると、超一流であることを前提として、さらに売るためのフックが必要になります。
実は、『漫画 君たちはどう生きるか』には、僕はあまり口を出していないんです。表紙の主人公の表情にだけアドバイスしたのですが、それは、表紙が売れるフックになると考えていたからです。いかにフックを仕込めるかが、ヒットの条件かもしれませんね。