リクルートの分社化がもたらしたマーケターキャリアの光と影
続いて、組織構造について考えていく。一般的に複数の事業・機能(職種)がある場合、事業軸・機能軸のどちらで組織配置を行うかの問題がある。ビジネスへの貢献を優先するが、技術進化が後回しになりやすい事業軸組織に対し、機能軸組織は専門性が高まる分、ともすると実験的な開発を優先するコストセンターになってしまうこともあるなど、それぞれにメリット・デメリットが存在する。
ここで塩見氏は、リクルートの事例を挙げた。2012年、株式会社リクルートは分社化。持株会社リクルートホールディングスのもと、同社の持つメディア&ソリューション事業セグメントの主要事業は、5つの事業会社が運営する体制となった。事業軸組織の形である。
「当時その判断に関わったわけではないが、分社化の目的の1つはIT化を促進するためだったのではないか」と塩見氏は言う。営業力が強い、雑誌やフリーペーパーが強いと言われていたリクルート。しかし「メディアの主体がウェブへ変わっていく中で、どのようにIT化していくかが会社の一大テーマだった」と塩見氏。そこで戦略として分社化を行い、事業会社それぞれにIT専門の執行役員を設置し、素早い意思決定を促進した。
結果、各社が競い合う形でIT化は進んだが、副作用として会社間の交流断絶や過度な競争、非効率な採用が起きてしまったように感じたと塩見氏は語った。さらにマーケターへ焦点を絞ると、様々なマーケティングを経験できるリクルートらしい土壌が失われてしまったという。
「たとえばSUUMOとホットペッパービューティーでは、CV単価が何桁も違います。いちユーザーの利用回数も『生涯に数回』と『月に数回』と全く違いますし、ビジネスモデルもユーザーの動きもまったく別のサービスです。これらグループ全体だと100を超えるサービスを多様に経験できることがマーケターのキャリアを作っていたのですが、分社化により、渡り歩けるサービスの幅は各事業会社内に限定され、情報も人材も流通しにくくなってしまいました。グループ内にある経験の機会に気づかず、グループの外へ転職してしまうというもったいない人材流出も一部で起きていたようです」
機能軸と事業軸を兼ね備えたハイブリッド組織に集約
このような状況の中、塩見氏が導き出した組織構造とは何か。それは、機能軸と事業軸という二元論ではなく、両方の良さを取り入れたハイブリッドモデルだった。
具体的には、まず持株会社であるリクルートホールディングスの中に、「ネットマーケティング推進室」を設立。そこへ各事業会社のマーケターを全員所属させ、持ち株会社と事業会社2社分の名刺を用意した。持ち株会社の籍を付与することで、マーケターが全事業会社の情報へアクセスできるように。また人事権をネットマーケティング推進室が持つことで、マーケターは事業会社間の人事異動が可能となり最適な人材配置の実現を狙ったという。「日常業務はこれまで通り事業会社で。異動の自由度と情報の閲覧権限のみが持株会社格に広がったという状態を狙いました」と塩見氏。
しかしながら、ついこないだまでは競争相手という意識を持っていたメンバーも。トラブルが起きることも考えられる。塩見氏はネットマーケティング推進室のルールとして「マウンティング禁止」を発足と同時に掲げた。メンバー間のマウンティングは人事評価を下げると明言。反対に、挑戦ゆえの失敗はマイナスとせず、さらにその共有を行うことでプラスに判断すると伝えているのだ。
「方針として、“集約、横展開で効率化”を積極的にはしていません。全員が同じ方向へ集中するのはリスクです。同時並行でそれぞれが挑戦し、良いものを残そうという考え方をしています。早くから特定の考えだけが正しいという判断はしません」
では、所属先が2つに分かれることで、レポートラインの複雑化やダブルマネジメントは起きなかったのだろうか。これには、管理職側を各社部長レイヤーまでミラー化(同一人物にする)ことで、現場が業務に集中できる体制を作り上げている。
※2018年現在は、新たに株式会社リクルートホールディングス配下にできた中間持株会社・株式会社リクルート内にネットマーケティング推進室は所属。機能は発足当時と同一。