人の意識にどこまで迫れるか
今年、10周年を迎えたアドテック東京。“adtech”という名称が示すとおり、当初こそアドテクノロジー領域のプレーヤーらによる研鑽の場として機能していたが、この数年はデジタルがマーケティング全体にもはや前提条件として浸透している潮流と違わず、マーケティングそのものを正面から捉え、分解し議論する場に変貌を遂げている。
同時に、アドテック登壇者の顔ぶれや出展企業の業種も、年々多彩になっている。公式カンファレンスは動画やEC、コンテンツといったテーマごとに専門性高く議論するセッションの一方で、顧客体験やそこに介在し得るテクノロジーといったユーザー起点で考えるセッションも目立った。
また今年は通常の50分よりかなり長い90分のセッションも設定され、そこでもアドフラウドやブロックチェーン、放送との融合といった喫緊の課題と並行して、UXについて、あるいは生活者の潜在ニーズにどう訴えるかというテーマでの深い議論が展開された。
人が何を感じ、どうしたら行動を起こすのかを機械が100%読み切れることは今後もないだろう。だが、一人ひとりの意識に肉薄し、体験の質を高めて今以上に寄り添うことはできる。それを実現するカギの一端は、データにある。ヤフーの川邊健太郎社長が「データの力を解き放つ」と力強く語ったキーノートからは、データを最大限に使い尽くして企業と顧客のよりよい関係を支援し、さらにその力を社会へ還元していく未来像が浮かび上がった。
“気づく力”をAIが代替する第四次産業革命
「いつの時代も、新たな技術が付加価値をもたらし産業構造を変え、そして人間の生活を変えてきた」と川邊氏は切り出す。蒸気機関が登場した第一次産業革命、電力が普及した第二次産業革命では、人間や家畜の労働力が代替されていった。一方、コンピューターの発展による第三次産業革命は、人間の頭脳における計算能力を大きく助けることとなった。コンピューターによる計算を経て、人間はこれまで以上に多くの材料から気付きを得て、またビジネス上の洞察をつかめるようになった。
その流れを汲む第四次の産業革命が、AIの実用化によって今まさにもたらされている。「これによって、『気づく力』をも技術が代替するようになった」というのが川邊氏の見立てだ。かつては人間ならではの能力だった、様々な事象からインサイトを見出して付加価値に転換していく力を、「ビッグデータ×AI」が発揮するようになっている。
ここでいうAIとは、具体的にはディープラーニングの技術を指す。数十年の歴史がある人工知能研究において、とりわけディープラーニングは画期的な技術とされている。
その特徴は、大きく3つある。ひとつは、大量なデータの中から、人間が定義せずにその特徴や構造を自動的に抽出できること。2つ目は、計算のスピードが既存のAIより圧倒的に速いこと。そして3つ目が、与えるデータ量を増やすほど性能が向上するという点だ。ただ、技術そのものは各研究機関で次々とオープンソース化し、コンピューティングパワーのクラウド化によって計算スピードにも差が付かない時代に突入している。
雑多な関心を捉えるヤフーのデータがもたらす価値
川邊氏は「ビジネス上の競争優位という点で圧倒的に差が付くのは、3つ目の特徴の部分。すなわちデータの量とその質」だと強調する。
「今春の新社長就任会見時、当社は『データの会社になる』と打ち出しました。これはデータの量と質に焦点を絞り、ビッグデータ×AIによって付加価値を生み出せる会社へと転換することを意味しています。そんな会社になることが重要なのは、何も我々のようなIT企業にとってだけでなく、製品やサービスを提供する企業にとっても同様にいえることだと考えています」
では、具体的にデータの質をどのように維持・向上し、その質を担保するデータの量をどう確保していくべきか。そこにヤフーは、同社の事業性ならではのユニークネスをもって挑んでいる。まず質の部分では、検索をはじめとする同社が提供するサービスが極めてバラエティに富んでいることが大きい。一瞬で移り変わってしまう人の関心を、生活に密着した多様な接点で捉えることで、アンケート調査などでは得られないリアルな生活者像を把握できる。
そして量的には、検索や記事のクリック、またYahoo!ショッピングでの購買といったアクションの総数が、月間700億に上る規模となっている。「こうした雑多かつ多様なデータが大量にあることが、一人ひとりのユーザーを理解するためにとても重要だと、我々は経験上で理解しています」と川邊氏。
さらに今は、同社がユーザーの利便性向上のためにサービスを多様化したり、あるいはSNS各社が人々の会話の場を充実させたりして結果的に雑多で大量なデータを得て価値化していった流れではなく、“雑多なデータを取得する”ことを目的に戦略的にサービスを作る、といったパラダイム転換が起きる兆しもあるという。
ビッグデータ×AIがもたらす複利的な成長
ただし、そうやってビッグデータを収集し、AIを掛け合わせて付加価値を生み出す際の条件もある。「扱うデータは大量でも細かくPDCAを回して、少しずつ効果を蓄積していく『試行錯誤できる組織』になることが重要」だと川邊氏は指摘する。
では、ここまで述べてきた「ビッグデータ×AI」によるデータドリブンマーケティングによって、どのようなサービスの改善ができるのだろうか? PDCAの流れは、こうだ。ユーザーがサービスを利用し、データが蓄積され、それをAIで解析することによって人間が気づき得なかった気づきを得る。それをサービスに反映すると、ユーザーの満足度が向上してさらに利用の度合いが高まり、もっと改善していける。
この活動には「永続的」と「複利的」という2つの特徴がある。まず永続的とは、この改善をコンピューターが行う限り、人と違って休むことなくずっと成長し続けるということ。そして複利的とは、少しずつの改善が、しかし毎日積み重なることだ。川邊氏は「複利的な力はやがてすさまじい成長をつくり出す」と実感をもって語る。
実際、ヤフーの各サービスもビッグデータとディープラーニングの技術を掛け合わせて活用し始めてから、大幅な成長を遂げている。たとえばYahoo!ディスプレイアドネットワーク(YDN)では、ディープラーニングの導入前後で10倍以上のCTRおよび売り上げの差が生じている。ヤフオク!、Yahoo!ショッピングなどユーザー向けサービスでも、2・3倍のCVRを実現している。
消費者、市場、社会の3つの観点で貢献していく
この永続的かつ複利的な効果をもたらすデータ活用を通して、ヤフーでは自社サービスの向上とともに、生活者、市場、そして社会という3つの観点で社外へ貢献している。
まず生活者の観点では、よりニーズに合った提案をして、生活を手助けすること。ヤフーのログインユーザーの検索を時系列で分析すれば、どのタイミングでどういった情報が必要なのかがわかるため、よりピンポイントなニーズを捉えた商品や記事をレコメンドできる。ユーザーのコンテキストに沿った提案が可能になるというわけだ。
次に市場については、同じく検索を用いた販売予測が77%の的中率という実績を基に、商品やサービスリリース直後の検索から実売を推測することで、無駄のない生産計画やプロモーションに活かすことができる。
そして社会に対して、川邊氏はYahoo!路線検索での事例を挙げる。このサービスの特異なところは、ユーザーが今知りたいことを捉える一般検索と違い、数十分後などの近未来の移動を推測できる点だ。それを活かして、複数の入力を面として捉えて分析し、ある花火大会の開催日に混雑回避を目的としたプッシュ通知を展開した。
会場に向かうと思われるユーザーに、混雑が予想される経路や時間帯を知らせて回避を促したところ、アプリの開封率は26%、そしてその提案によって行動を変えたユーザーは60%以上に及んだという。
これは公共の利益という観点から、ヤフーだからなし得た大きな貢献だ。「東京2020を控えて街なかのデジタルサイネージも増え、ライドシェアなどの新たな移動サービスの登場もいわれています。ビッグデータ×AIによって人の移動をスムーズにする提案は、社会貢献としての意義を一層増すと考えています」
スマホ決済「PayPay」でオン・オフのデータ統合へ
雑多で多様なビッグデータの力を活かせば、匿名性を担保した上でもこれほどに個々のコンテキストに沿った提案ができるのだ。「データの力は、まだまだ解き放たれていない。これをヤフーは解放していきたい」と、川邊氏は力を込める。目下、ヤフーではデータに加えて最先端のディープラーニングの技術を活用できるハード環境やコンピューターの独自開発などをもって、自社としても企業への支援としても、より洗練された体験の提供に挑んでいく。
さらに今後の「マーケティング革命」として挙げるのは、かつてない規模のオフラインデータとオンラインデータの統合だ。現状の月間4,500万のIDベースに、同社とソフトバンクによる合弁会社でスタートした決済サービス「PayPay」による決済情報を加えて、一人一人を包括的に捉え、メディア接触から購買まで一気通貫で展開できる販促ソリューションを年度内にもリリースする予定だという。特に、ヤフーがECチャネルだけでなくメディアを有していることは、非購買モードのユーザーにアプローチできる点で「我々が企業に提供していきたい最大の特徴」だと位置づける。
PayPayの普及とそれによるオフラインデータの大幅な蓄積が、直近の課題だ。関係企業と協業し、それを短期間で実現していく。川邊氏は「“統合マーケティング”は概念ではなく、本当に実践してユーザーが動くことなのだと証明していきたい。1回のキャンペーンで100万単位の人が動くような、そんなソリューションを目指しています。ぜひこの革命に、皆さんと一緒に邁進できれば」と呼びかけ、マーケティングを牽引する唯一無二の存在へと進化している姿を印象づけた。
今回キーノートや各セッションで語られたことが、この1年でどうなっていくのかを注視していきたい。 来年の「アドテック東京2019」は、2019年11月27日~28日、東京国際フォーラムでの開催が決定している。来年のこの舞台でも、新たな気づき・学びが得られるはずだ。
【アドテック東京2018概要】
総来場者数:1万4,160名
日 時:2018年10月4日(木)~5日(金)
会 場:東京国際フォーラム 〒100-0005 東京都千代田区丸の内3丁目5―1
カンファレンスプログラム:6キーノート、60カンファレンスセッション
公式スピーカー:237名
公式スピーカー:花王/ライオン/資生堂ジャパン/セブン&アイ ホールディングス/プロクター・アンド・ギャンブル・ジャパン/アサヒビール/キリン/イオン/アウディ ジャパン/Facebook/カルビー/エステー/日本コカ・コーラ/イトーヨーカ堂/ファミリーマート/日本航空/トヨタ自動車/Jリーグ/コーセー/九州旅客鉄道/メルセデス・ベンツ/ネスレ日本/アダストリア/日産自動車
他(順不同)
主催:コムエクスポジアム・ジャパン株式会社
公式サイト