選ばれ続けるために「バイトデビュー」層へ訴求
源流となる求人雑誌の発刊から半世紀以上の歴史を誇り、幅広い年齢層からの認知を強みとしている「an」。求職者と求人企業をマッチングさせる同媒体で、求職者側のマーケティングを統括する森勇樹氏は、求人メディア事業の特性を次のように述べる。
「アルバイトの求人情報サービスは、早ければ1日、長くても開始14日以内には8割がコンバージョンまで完了するという、非常に短期決戦な事業です。一度バイト先が決まれば、それ以上の求人情報はしばらくの間見ないことから、登録会員の休眠期間が長いという特徴もあります。また、バイト探しが目的のWeb検索で『媒体のブランド名』が指名されるケースは約4割にとどまり、その内大半が『過去の利用体験』によるものとされています」(森氏)
競合サイトの中には、莫大な広告予算を投じて全方位でPRを続け、新規ユーザーの流入を促す企業が多い。そんな中パーソルキャリアは、シェア拡大の具体的な戦略として、ターゲットを「若年層全般」から絞り、「バイトデビュー」する高校・大学1年生に設定した。「1度使ったブランドが高確率で次回も選ばれる」という事業の特性を踏まえ、「バイトを始める段階で『an』を選んでもらう」ことを狙ったのだ。
CMに仕掛けた「違和感」で、ソーシャルへ話題を提供
キャンペーンのクリエイティブと、ソーシャル経由のプロモーションを手がけた同社の亀田郷平氏は、若者の嗜好とトレンドへの嗅覚において「時として広告代理店以上」と、上司の森氏をうならせる存在だ。そのインサイトの源泉には、登録会員がバイトを探していない期間(=休眠期間中)にブランドとの接点を作り出すという位置づけの女子高生向けWebマガジン「Emmary(エマリー)」の運用が存在する。
今回キャンペーンの第1弾として制作したテレビCMに起用されたのは、2017年公開の映画『君の膵臓をたべたい』で主演した女優・浜辺美波と、年初アニメ化したマンガ『ポプテピピック』だった。「an」のターゲット層と同年代の旬なヒロインと、過激な言動が人気のマンガキャラのコラボレーションは「ソーシャルでつい話題にしたくなる違和感を狙った」(亀田氏)ものだという。
\#バイトデビューはanがあんじゃん!/#浜辺美波 さん×#ポプテピピック
— バイトデビューは「an」があんじゃん! (@weban) 2018年4月10日
異色コラボによる「an」新CM公開!
歌の担当は #吉田凜音 さん♪
フォロー&リツイートで浜辺美波さんのサイン入りクリアファイルを20名様にプレゼント!
詳しくは⇒https://t.co/T9ihwbGNCO pic.twitter.com/sBsRj37lL8
初回のキャンペーンは4月中旬から2週間にわたり、テレビCMや交通広告、YouTubeの動画広告、さらにTwitterをはじめとするソーシャル経由のプロモーションで展開。マスとデジタルの広告予算比は「7対3」でスタートした。
アプリDL数が前年比1.7倍に/熱気の“成分”をTwitterから分析
異色のコラボで話題をさらうキャンペーンの目論見は、みごとに的中した。第1弾のテレビCM放映期間中、「an」公式アプリのダウンロード数は前年同期比1.7倍を記録。Webでの「an」の指名検索数も、同1.4倍と急増した。
この熱気に含まれる、いわば“成分”の分析に用いられたのがSalesforce Marketing Cloudの「Social Studio」だった。Social Studioは、Twitter、YouTube、Facebook、Instagramなど、8種類のソーシャルメディアのアカウントを一元管理できるマーケティングプラットフォームで、投稿コンテンツのパフォーマンスを可視化し、計画的なソーシャル運用を実現する。またキーワード検索により、自社商品・サービスに関する投稿をリアルタイムで発見。テキスト・画像分析により、消費者の動向を瞬時に捉えることが可能だ。現在28言語に対応しており、世界中のソーシャルメディアをリスニング対象のデータベースに格納している。
具体的な活用法について、亀田氏は「テレビCMへの言及時に含まれそうなキーワードを同ツール上で設定し、それらのワードがTwitterで使用された数の日次集計をもとにソーシャル広告の投下量を変え、特に関心の高いトピックについては追加情報のツイートも行いました」と振り返る。
森氏によると、テレビCMを中心とした従来型のブランド認知施策では長らく、前後の番組視聴率をまとめた広告代理店の「月次報告」を待つのが一般的だった。「コンバージョン向上の施策を『日次』で回す獲得領域に比べ、改善サイクルの遅さは否めませんでした」と語る同氏は、ソーシャルに現れるテレビCMへの反響を重要視。「話題の継続性やキャラクター起用の成否に関する知見を自動集計してくれるSocial Studioは願ってもないツールでした」と話す。
対象層の兆候をとらえ「継続」と「新機軸」のバランスを取る
同社のSocial Studioの運用は、亀田氏を主担当とし、会社のソーシャルアカウント担当者など関係者全員で同じ画面を共有する仕組みだ。
「最初に多数のキーワードを設定する必要がありますが、いったん設定を終えると、従来は手作業で検索を繰り返す以外に方法がなかった定性面での反応が自動集計され、非常に捉えやすくなりました。ソーシャルの温度感を担当者間で共有できるようになったのもメリットです」(亀田氏)
今回のテレビCM展開では、関連するツイート量の経時変化や、好意的な反応の割合、テレビCMの要素で言及が多いポイントなどをSocial Studioで分析し、続編の内容に反映させることとなっていた。第1弾の放映開始後、Twitterではアニメ版『ポプテピピック』で声優の配役とキャラクターの作画が毎回変わることが話題になっており、「an」のテレビCMでも同じ趣向を期待する声が上がっていた。「これを拾わない手はない」(森氏)と、さっそく7月に声だけ差し替えた別バージョンを公開したところ、アニメ版のファンが即座に気づき、Twitter上でも情報が拡散した。
さらにここで作画も入れ替えるかと思いきや、10月に公開された第2弾ではなんと、ポプテピピックの起用自体を早々に終了。浜辺さんのパートナーとなるサブキャラクターは、お笑いコンビ「アンガールズ」に交代した。半年で浸透してきた「anが、あんじゃん!」というキャッチコピーに、同コンビの略称「アンガ」をかけるという新機軸だった。
その背景について、亀田氏は「ポプテピピックを利用したマニアックな趣向は支持を得ていましたが、全体的な反響がやや下降気味なこともソーシャルの動向でつかんでいました」と解説。そこで、さらにニッチを突き詰めるのはやめ、「『今度はそう来たか』という“裏切り”」(同氏)で、盛り上がりの再燃に懸けた。
結果、第2弾のキャンペーンは「あらゆる指標で『an』として過去最高のブランドリフト」(亀田氏)を達成。求職者からの知名度・好感度アップだけでなく、求人企業からの問い合わせ増加にもつながったという。
クリエイティブのテストマーケティングにも応用
実施施策に対する消費者の反応をリアルタイムで捉え、瞬時に次の施策へと反映する。このように、Social Studioがブランド認知拡大のPDCAサイクルを大幅に短期化し、迅速なフィードバックがもたらす絶大な成果が明らかになったことを受けて、同社は新たなソーシャル戦略の検討にも入っている。
森氏は「今回の取り組みは、クリエイティブを本格展開する前のテストマーケティングにも応用可能と考えています。何案かをソーシャル上へ“プレ投下”して反応を探り、それらの人気が翌日・翌々日につかめるのは、制作サイドにとっては画期的なこと。どんどん試していきたいと思っています」と話す。
森氏はさらに「今回マス7・デジタル3を想定したキャンペーン予算は、Twitter上の盛り上がりを受けて広告投下を追加した結果、デジタルのシェアが拡大しました。次回以降のキャンペーンで媒体選択を大胆に見直す可能性もあり、企画内容との相性や求人企業へのアピールなども加味しつつ、最適な構成の検討を進めています」と明かす。鮮明なエビデンスが、カスタマージャーニーの基礎となる顧客接点の配置、チャネル戦略を着実にブラッシュアップしていくようだ。
その一方、Social Studio上で施策上重要なキーワードをどう網羅するか、また施策と関係しないノイズをどう排除するかについては課題も残っているようだ。亀田氏は「ファンの間だけで通じる用語をキーワードで取りこぼした場合、盛り上がりの実態を正しくつかめない可能性もあります。技術面ではSalesforce、そしてTwitterとのコミュニケーションを密に取りつつ、私自身もトレンドにしっかりアンテナを張り、キャッチアップを続けていくつもりです」と決意をみせた。
カスタマージャーニー研究プロジェクトチームのコメント
加藤:今回の取り組みで特徴的なのは、ソーシャルメディアの反応をリアルタイムに把握することで、マスとデジタルの投資配分の判断材料を得ている点です。また、可視化したデータをすぐに施策へと反映することで、高速PDCAを実現している点も特筆すべき点です。過去最高のブランドリフトを実現できた背景には、この2つに加えて、ターゲットセグメントの感覚を的確に捉えた非常に高いインサイトの連携があるのではないでしょうか。
押久保:テレビCMを絡めた施策の改善サイクルの遅さは、従来指摘されていました。その状況を打破し、ソーシャルの反応をリアルタイムで施策に反映、過去最高の反響を獲得したという今回の取り組みは、テレビCMとソーシャルを連携させた施策の成功事例として一つのお手本になるのではないでしょうか。事前に最適なプランなどなく、「リアルタイム」で反応を見つつ、「運用」していく発想が、より問われる時代になると確信しました。
カスタマージャーニー研究プロジェクトとは?
「カスタマージャーニー」、顧客の一連のブランド体験を旅に例えた言葉。デジタルやリアルの接点が交差し、顧客の行動が複雑化する中、「真の顧客視点」に立って、マーケティングを実践する重要性が増してきました。
カスタマージャーニーに基づいたマーケティングの必要性は、その認知が進む一方で、「きちんと“顧客視点に基づいたシナリオ”を作成し、運用できている企業はまだまだ少ない」多くのマーケターに意見を聞くと、そのように認識されています。
今回、押久保率いるMarkeZine編集部とセールスフォース・ドットコム マーケティングディレクターとして、各企業とジャーニーを研究してきた加藤希尊氏を中心に、共同でカスタマージャーニー研究プロジェクトを立ち上げました。本プロジェクトでは、「顧客視点のマーケティング」における成功例を取り上げ、様々なアプローチ方法をご紹介していきます。その他の成功例はこちら。