マイクロソフトの変革
1975年創業のマイクロソフト。同社と言えば「Windows」や「Office」などの製品イメージが強いだろう。セミナーに登壇した日本マイクロソフトの藤井創一氏は、セッション冒頭、「当社のビジネスモデルは、今大きく変わってきています」と話す。
マイクロソフトには、同社の事業拡大を牽引した、2人の優秀なCEOが存在する。一人目は初代CEOであるビル・ゲイツ氏。そして二人目が2014年に就任した現在のCEOサティア・ナデラ氏だ。
ビル・ゲイツ氏がCEOを務めていた当時、世の中はパーソナルコンピュータの黎明期だった。同氏は「すべてのデスクとすべての家庭に1台のコンピュータを」というミッションのもと、WindowsやOfficeといったソフトウェア製品を提供していくことで、ビジネスを拡大させていった。
「誰にでも使いやすいソフトウェア製品を提供し、数年サイクルで製品をバージョンアップしていく。非常にシンプルなビジネスでした」と、藤井氏は当時を振り返る。そして今、そんな同社のビジネスが大きく変わってきているのだ。
「製品販売」から「サービス提供」会社へ
サティア・ナデラ氏が就任した2014年、インターネットは既に普及し、個人や企業によるコンピュータの利活用は1900年代後半とは比べ物にならないくらい発達していた。生活やビジネスの隅々までITが浸透し、当然それはマイクロソフトのソフトウェア製品のみで実現できるような世界ではない。
「このような時代において、『Windowsを買ってください、Windows以外は使わないでください』というやり方だと、世の中の役には立たないし、何より、会社としての未来がないとサティア・ナデラはわかっていたのです」(藤井氏)
サティア・ナデラ氏は「地球上のすべての個人と、すべての組織がより多くのことを達成できるようにする」というミッションを掲げ、製品販売のビジネスモデルから、顧客の課題を解決するために、よりオープンなエコシステムを前提としたITプラットフォームをサービスとして提供するビジネスモデルへと大きく舵を切った。
「実はここ数年、当社の株価は急激な上昇を遂げています。サティア・ナデラはこれを表現することを好みませんが、私自身は、顧客や市場が当社の変革にご期待いただいている表れと考えており、顧客の変革を支援するにあたっても、大きな自信をもって進んでいけると確信しています」(藤井氏)
マイクロソフトは今、同社が提供するクラウドテクノロジーを使い、「顧客企業のトランスフォーメーションを実現する」ことに注力しているという。そして、今同社が最も重要視している業種のひとつが、流通業だ。
クラウドテクノロジーで流通業のトランスフォーメーションを支援
マイクロソフトは、「Microsoft Azure(マイクロソフト アジュール)」というクラウド基盤を中核に据えて、流通業のトランスフォーメーションを支援している。
流通業のトランスフォーメーションの要点とは何か。藤井氏は、「顧客理解(Know your customers)」、「従業員の強化(Empower your people)」「サプライチェーンの強化(Deliver intelligent supply chain)」「流通業ビジネスの再創造(Reimagine retail)」の4つが重要な要素だと述べる。
デジタルを活用して、この4つを実現していくうえで、なぜクラウドに注目することが重要なのか。その理由を藤井氏は次のように述べる。
「デジタルを活用したトランスフォーメーションを考えるにあたって、クラウドテクノロジーに注目することは非常に重要です。クラウドそのものは勿論魅力的ですが、なによりも最新のテクノロジーが、一番初めにクラウドに実装されるという点が重要です。ですから、クラウドを採用するしないに関わらず、クラウドテクノロジーをご理解いただくことが、非常に重要になってくるのです」(藤井氏)
では、様々なクラウド基盤があるなかで、「Microsoft Azure」の強みとは何か。
強固なセキュリティと豊富なサービス群が強み
「Microsoft Azure」の強みとして、藤井氏がまず挙げたのが、最新テクノロジーをベースとした、豊富なサービス群だ。
「Microsoft Azure」では「Infrastructure as a Service(IaaS)」として、コンピューティング、ネットワーク、ストレージなど、基本的なサービスがすべて揃っている。また「Platform as a Service(PaaS)」として、AI、データ分析、IoTなど、昨今注目のテクノロジーを、サービスとして迅速に活用することができるようになっている。
さらにマイクロソフト独自の強みとして、藤井氏は「強固なセキュリティ」と「ポートフォリオの広さ」を挙げた。たとえばオムニチャネルを前提に、顧客接点の強化を考える際でも、クラウドだけでなくエッジやデバイスなど含めて包括的にカバーでき、それを安全に連携できる基盤構成が期待される。
マイクロソフトはクラウドのみならず、広範で包括的な基盤ポートフォリオを有しており、他の基盤ベンダーにはない強みなのだ。
ウォルマート、GAP、Kroger……先進流通業との提携が加速
マイクロソフト自身の変革への取り組みや、クラウドを中核とした基盤の強みを認められ、近年同社では先進流通業とのパートナーシップが加速しているという。公開されている範囲でいえば、昨年夏にはウォルマート、次いでGAPと提携。また本年1月にはKrogerやWalgreensとの提携も発表している。
相次ぐ提携の裏には、どのような狙いがあるのだろうか。藤井氏は、「先進流通業は、パートナーシップを通じた、トランスフォーメーションの加速を目指していると考えます」と話す。
藤井氏は事例として、米国のスタートアップ企業Jetの取り組みを紹介した。Jetが創業した2014年当時、米国ではAmazon.com が浸透していたことから、多くのECビジネスは苦戦を強いられていた。そのような状況において、Jetでは、これまでにないユニークな顧客体験を提供することで勝負をしかけた。それが「最適価格保証」だ。
最適価格保証とは、たとえばユーザーが複数の製品を購入カゴに入れた際、ユーザーの受け取りロケーションや送料、個々の割引条件などから、最も価格が安くなる組み合わせを自動で算出し、リコメンドするという仕組みである。このような仕組み、言うは易く行うは難しで、実現には高度なシステムが必要となる。そもそも、ECサイトはキャンペーンなどにより大きくトラフィックが変わるなど、情報処理量に対するシステムの負荷が膨大なのだ。
Jetはアイクロソフトとの連携により、このシステムを極めて短期間に実現させた。その後、Jetはウォルマートに買収されることになる。
「これは、流通業のトランスフォーメーションの大きな方向性である『顧客への価値提供強化』の事例として良いものであると考えています。また、現在、ウォルマートのオンライン事業のトップは、Jetの創業者が務めています。つまり好調と評されるウォルマートのオンライン事業の裏にも、マイクロソフトのテクノロジーが動いているとお考えいただいて良いと思います」(藤井氏)
クラウド×デバイスで新たなソリューションも提供
またマイクロソフトは、新たなソリューションも提供している。それが「Microsoft HoloLens(マイクロソフト・ホロレンズ)」だ。Microsoft HoloLensは、MR(複合現実)技術により、現実空間のなかにコンピューティングをインプットし、現実世界とバーチャルを組み合わせて様々な体験ができるというものだ。
たとえば米国の住宅リフォームチェーンのロウズ・カンパニーは、このレンズを使い、壁紙を変えたり、新たな家具を置くことで部屋がどのようになるのか、実際の自宅で試すことができるというサービスをテストしている。
この取り組み、「買った家具が自宅に合わなかった」という体験不和が解消できるのはもちろんのこと、もうひとつ大きな意味があると藤井氏は話す。
「実は、レンズによって視線をトラッキングしています。どこを何秒間見たのかなどのデータが、その都度クラウドに蓄積されます。このデータを蓄積し、さらにAIで分析することで、さらに深く顧客のことを理解することができるのです」(藤井氏)
マイクロソフトのビジネス変革、そして流通業の最新事例が語られた本セッション。最後に藤井氏は、パートナー企業の重要性を次のように語り、場を締めた。
「テクノロジーを活用し、トランスフォーメーションしようという動きは、今後ますます加速していくでしょう。そして当社もAzureを中心に、その動きを支援していきます。とはいえ、当社は主に基盤を提供しているのであって、アプリケーションやインテグレーションサービスを提供しているわけではありません。そのため、志を共にしていただけるパートナー企業の存在が非常に重要なのです。今回イベントにご登壇いただいたアドインテ様をはじめ、多くのパートナー企業とともに、今後もお客様のトランスフォーメーションを支援してまいります」(藤井氏)