※本記事は、2019年8月25日刊行の定期誌『MarkeZine』44号に掲載したものです。
リテール分野での活用が進む「人工知能」。調査会社Janiper Researchによると、2018年リテールブランドによる人工知能投資額は世界全体で20億ドル(約2,200億円)だった。この額は2022年には73億ドル(約8,000億円)に達する見込みだという。カスタマーサポートや感情分析、マーケティングオートメーションなどが主な投資対象となるようだ。
この数字はあくまでも推計値だが、世界中で相次ぐリテールブランドの人工知能導入の取り組みを鑑みると、投資額が今後さらに伸びていくイメージを持つのは難しくないだろう。世界最大のリテールブランドと呼ばれる米ウォルマートがこのほど発表した人工知能活用の取り組みは、このトレンドを一層強固なものにするかもしれない。
2019年4月、ウォルマートはニューヨーク・レビットタウンの店舗で、人工知能を活用した大規模な取り組みを開始するとして、多くのメディアの注目を集めた。5万平方フィートの店舗全体において、センサーや画像認識などを用い次世代の商品・在庫管理の方法を模索するというのだ。
ウォルマートのこの最新の取り組みはリテール業界にどのような影響を及ぼすのか。リテール業界の全体像に照らし合わせて、その可能性を探ってみたい。
人工知能にロボット、ウォルマートが示す未来のリテール
ウォルマートがこのほど明らかにした人工知能活用の取り組みでは、同社インキュベーション部門StoreNo.8によってデザインされた施設をオープンした。同施設は「インテリジェント・リテール・ラボ(IRL)」と呼ばれている。
これまで様々なリテールブランドが人工知能活用の取り組みを開始しており、ウォルマートの取り組みもそのトレンドに乗るものと思われているが、そうではないようだ。
現在リテール分野における取り組みでは、消費者サイドに寄った施策が多い。たとえば、Amazon Goのようなキャッシュレス化、またチャットボットやパーソナライゼーションなどバリューチェーンの川下にあたる領域だ。
しかし、今回ウォルマートがIRLの取り組みで模索するのは、商品の調達・在庫管理を中心にした川上の領域となる。
レビットタウンにあるIRLの店舗では、約3万種類の商品を取り扱っている。センサーや画像認識技術を使って、商品の陳列状況を把握し、在庫データなどと照らし合わせ、適切な対応をスタッフに知らせる仕組みを試験する。生鮮食品であれば、棚に長く陳列されている場合、鮮度が低いものを取り替えるなどの指示も行われるようだ。
これにより、店舗スタッフは陳列・在庫状況の確認で広い店舗を歩きまわらず済むことになり、余剰時間は買い物客へのサービスに充てることが可能となる。
センサーとカメラから生成されるデータ量は毎秒1.6テラバイト。膨大なデータを扱うため、データセンターが店舗内に設置されている。
買い物客はガラス越しにサーバーを見ることが可能。店舗内にはこの他にも、人工知能とやり取りできるウォールディスプレイなどが設置されており、買い物客がテクノロジーとの距離を縮められるような店舗デザインとなっている。
自動化の波が押し寄せ、技術的失業への懸念が増大する中、テクノロジーが身近な存在であり未知の脅威ではないことをアピールすることの重要性を示すものと言えるだろう。
実際、ウォルマートは既にロボット導入による大規模な自動化取り組みの推進を明らかにしている。IRLのように懸念を払拭するイメージ作りも重要になってくると思われる。
2019年4月、ウォルマートはフロア掃除ロボットと棚スキャンロボットを主要店舗に本格導入することを発表。年内にフロア掃除ロボット「AUTO-C」を1,500台、棚スキャンロボット「AUTO-S」を300台導入する計画だという。「AUTO-C」は既に360台導入されているため、合計1,860台が稼働することになる。
また積み荷下ろし・仕分けロボット「FAST Unloaders」も広く展開する計画だ。積み荷下ろしや仕分けは、嫌われている仕事で人員を維持するのが難しいと言われている。この人材問題の解決に加え、作業スピードを高めるために、年内に1,200台導入する計画という。既に500台が導入されており、計1,700台が稼働する予定だ。