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アルゴリズムに抗い、あえて「届けない」勇気を。“想定外のリーチ”に対するブランドの新たな責任

 SNSを開けば、個人の関心に最適化された広告が次々と流れ込んでくる。だが、その高度なアルゴリズムは時として、守られるべき子どもたちをも「消費者」としてターゲティングしてしまう。ブランドが意図せずとも、未成年に過度な美容意識や年齢不相応な製品情報を届けてしまう今、企業にはどのような倫理観が求められるのか。本記事では、ブラジルの化粧品大手Grupo Boticário(グループ・ボティカリオ)が展開する「責任あるスキンケア協定」を事例に、アルゴリズム時代の“想定外のリーチ”に対するブランドの新たな責任と、設計のあり方について考察する。

アルゴリズムの“効率化”が生んだ「想定外のリーチ」

 SNSや動画広告のアルゴリズムは、関心や行動履歴をもとに最適化され、情報を“効率的に”届ける仕組みとして進化してきた。だがその効率性が、今新たな問題を生んでいる。ブランドが想定しない年齢層(特に子どもやティーン)にまで情報が届き、購買意欲を刺激してしまうのだ。

 TikTokやYouTubeでは、美容・スキンケア動画がアルゴリズムによって未成年にも頻繁に表示される。「スキンケアを始める小学生」や「整形に関心を持つ中学生」など、かつて想定されなかった層が、情報の洪水の中で消費行動に巻き込まれている。ブランドが直接狙わなくても、SNSの仕組みが自動的にコンテンツを拡散してしまうため、責任の所在は曖昧になりやすい。

 この現象は、単なるマーケティング上の課題にとどまらない。アルゴリズムによる“想定外リーチ”は、ブランド倫理や社会的信頼、そして消費者の健全な発達にも影響を及ぼす。今ブランドは、「誰に・どのように届けるか」を再設計する責任を問われている。

 本記事では、ブラジルの化粧品大手Grupo Boticário(グループ・ボティカリオ)が展開する「責任あるスキンケア協定(Pacto Skincare Responsável)」を手がかりに、アルゴリズムが生む“想定外リーチ”とどう向き合い、ブランドがいかに設計責任と倫理を取り戻すべきかを考察する。

Boticárioの「責任あるスキンケア協定」

 Grupo Boticárioは2025年10月、若年層のスキンケア使用の早期化と、それにともなう健康・心理的リスクへの懸念を背景に、「Pacto Skincare Responsável(責任あるスキンケア協定)」 という社会的ムーブメントを立ち上げた。このムーブメントは、ブランドが「売る」責任だけでなく、「守る」ための教育と情報設計の責任を明確にした点で注目を集めている。

 背景には、ブラジル国内で10代前半の子どもたちがスキンケア製品を使用し始めるケースが急増しているというデータがある。Boticárioが実施した調査によれば、8〜14歳の少女の95%が既に何らかのスキンケア習慣を持ち、22%がアンチエイジング製品を使用していると回答した。さらに10人中6人が「アンチエイジング製品を使っている、または使いたい」と答えたというデータもあり、スキンケアがもはや大人の領域にとどまらず、子どもたちの“日常行動”になりつつある実態が浮かび上がる。この結果は、SNSやインフルエンサーの影響で美容トレンドが年齢を問わず拡散し、親世代が意図しない形で購買が行われている実態を示している。

 同社はこの状況を「過剰消費」と断定するのではなく、年齢に見合わない情報や製品が届いてしまう「構造的問題」として捉えた。そして、企業としての責任を明確にするため、以下の取り組みを開始している。

  • 年齢表示とデジタル識別の明確化:
    成人肌向け製品に「Recomendado para peles adultas(成人肌向け推奨)」というラベルを導入。この表記は、製品パッケージだけでなく、ECサイトの商品ページ、InstagramやTikTokなどのSNS投稿にも表示される。消費者がどの接点でも「これは誰のための製品か」を一目で理解できるようにし、若年層が誤って成人向け製品を手に取ることを防ぐ仕組みを整えている。
  • 教育的コミュニケーションの展開:
    公式サイト「Skincare Responsável」では、思春期の肌の特徴や適切なケア方法を解説するコンテンツを発信。子ども本人だけでなく保護者や教育関係者に向けても、スキンケア情報との健全な付き合い方を啓発している。
  • 業界横断的な協定化:
    他ブランドや小売事業者に対しても、年齢表示や広告配慮の導入を呼びかけ、業界全体で「責任あるスキンケア文化」を形成することを目指している。

 こうした取り組みの特徴は、マーケティング上の“攻め”ではなく、「届けすぎない」ことをブランド価値とする“守りの設計”にある。アルゴリズムが情報を拡散しすぎる現代において、Boticárioは「届かせない勇気」を選び、自らのビジネス機会を制限してでも、消費者の安全と信頼を優先した。

 その姿勢は、従来のマーケティング倫理を超えた“情報時代の企業責任”のあり方を示している。同社の取り組みは単なる企業キャンペーンではなく、アルゴリズムが社会に与える影響を前提にした、「デジタル時代の倫理設計」の先行事例として注目すべきだ。

画像を説明するテキストなくても可
成人肌向け製品に「Recomendado para peles adultas(成人肌向け推奨)」というラベルを導入(出典

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若年層への偶発的リーチがもたらす倫理・安全性の課題

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この記事の著者

中井千尋(Livit)(ナカイ チヒロ)

大学卒業後、金融機関勤務を経て、イギリスへ留学。そこで培った語学力を活かし、帰国後は企業の語学研修コンサルティングに携わる。シンガポールに渡り、大手日系商社に転職。シンガポール人、インド人、オーストラリア人、モンゴル人、中国人など多国籍社員が集う場でのビジネスを経験。その後、オランダに渡り、ライターとして独立。分野...

※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です

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MarkeZine(マーケジン)
2025/12/15 08:00 https://markezine.jp/article/detail/50152

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