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事業と人を成長させる「強み」起点のマーケティング思考

戦略の質は「初期仮説」で決まる。元リクルートVP直伝・最速で“勝ち筋”を見つける「サーチライト思考」

 元リクルートVPの金井統氏が解説する、現場で使える「マーケティングの“考え型”」。第4回となる今回は、戦略策定の核心部分である「初期仮説の設定」と「検証」のプロセスに迫る。金井氏は「戦略思考のスタートラインは、まず『初期仮説=手がかり』を立てることにある」と説く。膨大な情報の中からどのように勝ち筋を見つけるのか。そして、その仮説をどう検証し、確度を高めていくのか。今回はSaaS型採用管理サービスの具体的な事例を使いながら、構造・ルール・数値で解き明かす「仮説思考の3ステップ」を徹底解説する。

戦略思考のスタートラインは「仮説」から

 前回、戦略を考えるための5ステップを定義しました。またその際、「マーケティング戦略は現状分析が8割」とお伝えしましたが、残り2割も重要なことは言うまでもありません。今回は、5つのステップの中から(2)初期仮説の設定(3)初期仮説の検証の2つについて解説していきます。

<戦略策定の5ステップ>

カテゴリ ステップ プロセス
戦略策定 (1)現状分析 現状分析の解像度を限界まで上げ、マーケットにおける構造とゲームルールを把握する
(2)初期仮説の設定 現状のマーケット構造とその中に潜むゲームルールから課題を見つけ、初期仮説を立てる
(3)初期仮説の検証 初期仮説を数値で検証して解像度を高め、仮説の確度を上げる
(4)課題設定 確度を上げた仮説を基に、問題を引き起こす本質的な課題を特定する
(5)筋と数値設計 (1)〜(4)の情報を基に勝ち筋を創り、強みを活かした戦略として勝てるかを数値で示す

初期仮説とは何か

 「仮説」という言葉は、皆さんも日常的に使っていると思いますが、「初期仮説」とまで言い切って使うことはあまりないかもしれません。しかし、戦略を考える上では、この「初期仮説」を作る工程が、実はとても重要な役割を果たします。

 私自身、メンバーから「戦略がうまく考えられない」「どこから手をつければよいかわからない」という相談を、本当にたくさんもらってきました。そのときに必ず話していたのが、この“初期仮説の立て方”です。私の言葉で言い換えると、初期仮説とは「手がかり」です。

 データ分析がまだ浅い段階で、数理(数値)と論理の両方を使って立てる“暫定の仮説”と言ってもいいと思います。なぜ、この「手がかり」をわざわざ立てる必要があるのか。理由はシンプルで、戦略を考える際の「現状分析の射程」をざっくりと絞り込み、課題発見のスピードを上げるためです。

 前職のリクルート時代、あるマネージャーからこんな質問をされたことがあります。

  「データを見てから仮説を立てるのか、仮説を立ててからデータを見るのか、どちらが良いのでしょうか?」

 いわゆる“鶏と卵”のような話ですが、正直どちらもあり得ますし、ケースによっても異なります。ただ、数多くの戦略策定をしてきて、私が今行き着いている答えは、どちらか一方ではなく「仮説を立てながらデータを見る」というインタラクティブなやり方です。

 もう少し具体的に言うと、最速で仮説を立てるために、私は次のプロセスで初期仮説を創っていきます。

  1. データをよく見ている人にまずヒアリングする
  2. そこで得た情報をもとに、論理で構造を整理する
  3. 整理した構造に数値を当てはめて、論理と数理の両面から仮説を立てる

 マーケティングにおける「戦略」とは、大きく言えば「東西南北どちらの方向に人・モノ・カネを投資するか」を決めることです。360度どこにでも行ける広い大地の上で、「どの方向に向かうべきか」を考えるとき、何の手がかりもなければ、方向性を絞ることはほぼ不可能です。

 だからこそ、まず「初期仮説=手がかり」を立てる。その手がかりを、できるだけ早く見つけることが、戦略思考のスタートラインだと考えています。

 そして、その手がかりをつかむ最も早い方法は、いきなり自分でデータを読み込むことではなく、データをよく見ている人の時間をもらって、徹底的にヒアリングすることです。もちろん、誰もデータを見ていない・扱っていないという「完全なゼロ」の環境であれば、自分で読み込むしかありません。ただ、まったくの“ゼロ”というケースは稀で、新規事業であろうと既存事業であろうと、必ずどこかに既に「見ている人」「触っている人」がいます。

 ですので、私がお勧めしたい初期仮説の立て方は、次の3つを組み合わせることです。

 人(ヒアリング)+論理(構造化)+数理(数値)

 この3つの観点を組み合わせて初期仮説を作っていくことが、スピードと質の両面でおすすめです。

初期仮説がなぜ必要か

 では、その「手がかり」である初期仮説は、なぜそこまで重要なのでしょうか。ポイントは、現状分析の深堀りをする方向性を絞るためです。私の感覚では、360度ある世界の中から、東西南北=90度以内のエリアにまで視野を狭めるための仮説が「初期仮説」です。

 そのイメージを説明する上で、私はよく「サーチライト仮説」という言葉を使います。私たちの脳は、すべての情報を同時に処理できるわけではありません。「気になるもの」「見たいもの」に注意を向けることで、初めてその情報がくっきり見えてきます。人間の脳は、「注意を向けたものしか、きちんと捉えられない」構造になっているともいえます。従って、その注意の向け先が、ビジネスにおいては「初期仮説」に相当することになるのです。

 初期仮説なしにデータや事象をながめていても、得られる情報はどうしても浅くなります。この「初期仮説を持つこと」を習慣化することは、マーケティングに携わる人にとって、かなり重要だと感じています。理由は、自分に入ってくる情報の“見え方”が変わるからです。

 たとえば、日経新聞で「ビッグテック企業がAIスタートアップを買収」という記事を見たとします。初期仮説なしに読むと、「またビッグテック企業による買収か」で終わってしまいがちです。

 一方で、「自社でAI技術を持っているにもかかわらず、このスタートアップを買うのはなぜか?」「検索がAIに置き換わるリスクを見ていて、検索×AIの新しい形を作る技術を取りに行ったのではないか?」といった初期仮説を持って情報を受け取ると、その瞬間に頭の中の“サーチライト”が点灯します。

  • どの技術が鍵なのか
  • 過去に似た動きはなかったか
  • 他のプレイヤーはどう動いているのか

 といった問いが自然と生まれ、自分から調べて考えるようになります。この「自分の頭で一旦考えてから情報に触れる」というスタンスは、マーケターだけでなく、ビジネスに関わるすべての人にとって重要だと考えています。

 昨今、GenAIを含めテクノロジーの進化が進むなかで、便利さと引き換えに、この「自分の頭で一旦考える」というプロセスが弱まりつつあるのではないか──そんな危機感も少し持っています。GenAIを使いこなすにも、前提として「良い問い」を立てる論理思考が必要です。その意味で、「情報に触れるときは、必ず初期仮説を持つ=自分の頭で一度考えてから、他の情報源にアクセスする」という習慣は、これからの時代ますます重要になっていくと思います。

次のページ
最速で「手がかり」を見つける、初期仮説立案の3ステップ

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この記事の著者

金井 統(カナイ オサム)

NexGen Inc. CEO
新卒でNTTドコモに入社。端末のマーケティングを経験した後、iモードでビジネス展開をする会社へのコンサルティングに従事。その後、リクルートへ転職。マーケティング室のVP(ヴァイスプレジデント)として、横断の人材育成・知見流通とHR領域のマーケティング責任者を担当。HR領域におけるToC及びToB双方のプロダクト横断での事業・マーケティング戦略、ブランディングからdirectADやSEO等のネットマーケティング、...

※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です

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MarkeZine(マーケジン)
2025/12/12 09:00 https://markezine.jp/article/detail/50203

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