ブランドが“語らなくなった”時代
広告は、もはやブランドの声ではなくなりつつある。かつては企業が緻密にコントロールした映像やコピーが「ブランドの人格」を形づくっていた。しかしSNSの普及とともに、消費者はその演出を冷静に見抜くようになった。メッセージよりも、その発信者が“誰か”を問う時代である。
ユニリーバ本社が打ち出した「Social-First」戦略は、そうした潮流を象徴している。同社は広告制作の主導権をクリエイターに委ね、マス広告を「派生物」として扱う。まずソーシャル上で自然発生的な表現を作り、そこから共感の輪を広げる方式だ。従来型の「ブランドが語る」構図から、「人が語るブランド」へと主語が逆転した。
背景にあるのは、消費者のメディア接触の変化である。若年層の多くは企業広告をスキップし、信頼するクリエイターや友人の投稿からブランドを知る。企業の整えた言葉よりも、“人の声”を通してブランドを感じ取る。その現実を前に、企業がとるべき姿勢は“統制”ではなく“委任”だ。ユニリーバの決断は、ブランド発信の時代が終わり、共創の時代が始まったことを示している。
Social-Firstとは何かーーユニリーバの再構築戦略
ユニリーバが掲げる「Social-First」は、単なる広告刷新ではない。マーケティングから研究開発、サプライチェーンに至るまで、企業活動全体をソーシャル起点で設計し直す構想である。
グローバルでの公式発表によれば、同社は“消費者の会話や文化の変化をリアルタイムで読み取り、そこからブランドの行動を決める”仕組みを構築している。言い換えれば、従来、調査やキャンペーン単位で追っていた“需要”を、SNS上の動的な変化として常時リスニングし、即座に反応する体制へ転換しているのだ。
背景には、消費者行動の構造的変化がある。ユニリーバの自社調査によれば、消費者の50%がソーシャルメディアで新しいブランドや商品を発見し、2人に1人がインフルエンサーの投稿をきっかけに少なくとも月1回は購買しているという。つまり、広告ではなく、“人を介してブランドを知る”のが当たり前になっているのだ。こうした環境では、ブランドが一方的に発信しても届かない。むしろ、生活者が語る文脈にブランドが入り込むことが必要になる。
この方針を象徴するのが、スキンケアブランド「Vaseline」の取り組みだ。ユーザーがSNS上で発信した「#VaselineHacks」を公式が拾い上げ、350万件を超える投稿をブランドの資産として再編集した。ユーザーが作った文化を企業が支える構図が成立し、ユニリーバは#VaselineVerifiedを通じて“共創するブランド”の象徴を生み出した。
さらに、AIとデータ分析による「Always-onリスニング」や、デジタルツイン技術を用いた迅速な供給体制が、トレンドのスピードに合わせて製品を出せる環境を整えている。中国の工場では、SNS上の需要を検知して数日単位で出荷する“Factory-to-Consumer”モデルを導入した。Social-Firstとは、広告の表現を変えることではなく、企業の構造を文化に呼応する存在へと再構築する思想である。
