仮想市場による実験結果
ここからは、仮想市場による実験結果の一例をご紹介する。
図表3は、車種Aの販売価格を値上げするシナリオを仮想市場に与え、販売がどう変化するかをシミュレーションした結果である。

もし10%の値上げをした場合、台数ベースでは現状よりマイナス3.3%となるが、金額ベースではプラス6.4%となるようだ。20%の値上げの場合は、台数ベースでマイナス4.3%、金額ベースでプラス14.6%との結果が得られた。
ABMであればここからさらに、「値上げが強いインパクトを与えるのはどの層か?」「どの競合車種に検討層が流れたのか?」などの分析も思うがままに可能である。エージェント1人1人の状態遷移履歴をトレースしていけば、クリアにわかる。
もう一つ、今度は少々非現実的なシナリオも与えてみた。
「人口数は同じままで男女構成比が変化した場合、クチコミ量はどう変化するか?」をシミュレーションした結果を図表4に示す。

仮想世界上では、男性が多いとSUVのクチコミ量が増え、逆に女性が多いとクチコミ量は減るようだ。ここからさらに「ポジとネガ、どちらのクチコミがどれだけ増減するのか?」「どの車種属性に関するクチコミが増減するのか?」といった深掘りした分析も、ABMであれば思うがままに可能だ。

現実に実験できないことは仮想市場で実験しよう
元々ABMは、災害避難シミュレーションや混雑時人流シミュレーション、鳥インフルエンザなどの感染症伝播シミュレーションなどで利用が盛んなアプローチである。現実世界では発生しない事象を仮想世界で発生させてエージェントの挙動を観察したい、異なる行動ルールを持つエージェント間の相互作用を観察したい、といった用途に向いているためだ。
しかし近年では、ABMをマーケティング実務に適用する試みも生まれつつある。「もしテレビCM出稿を倍増もしくは半減したら、広告認知・購入意向・販売台数はどう変化する?」といった現実世界ではなかなか実験できない破天荒なシナリオ・シミュレーションを試すこともできる。また、エージェントごとの行動履歴を観察することにより、通常の定量・定性調査では抽出できなかった意外な仮説を発見できる可能性もある。あるいは、モバイルキャッシュレス決済市場のような歴史の浅い市場における先々のシェアを見通すなどの用途にも向いている。
従来は観測・計測・予測が困難だった生活者のリアルな行動も、コンピュータ上で自由自在に再現できるのがABMの魅力だ(図表4)。

“未来を見通すマーケティング実験装置”を実務者の武器とするべく、弊社でも引き続き、ABMの応用可能性を研究していこうと思う。