滋賀大学×パルコがデータ活用で産学連携
2019年4月、滋賀大学データサイエンス学部の河本薫教授によるデータドリブンマーケティングプロジェクトが始動した。同プロジェクトでは、実際の事業会社が持つデータを使った分析を学生が用い、ビジネス課題を発見。そしてその課題を解決するためのアクションを考える。
これらを通じて、「ビジネスに活かせるデータ分析の体験」「企業に今後のコミュニケーションの参考になる示唆を提供する」ことを目指した。
そして、秋学期の産学連携プロジェクトに協力したのが、ショッピングセンター事業などを展開するパルコだ。パルコの執行役グループデジタル推進室担当の林氏によれば「学生が持つスキルと感性からおもしろいアウトプットがもらえると思った」と、学生ならではの施策提案を今後のヒントとする狙いがあったという。
そして、パルコは名古屋PARCOを対象店舗に「お客様の離反を防ぎたい」「より多くの体験(買い回り)を創りたい」の2つの課題テーマを設定。同社の展開するアプリ「POCKET PARCO」で得られた会員データと会員データに紐づく各種行動データ(ログイン・開封・お気に入り登録・購買履歴など)、店舗マスタ・各種アクション情報(イベント販促など)といったデータを個人情報は含まない形で提供した。
つまり、パルコは学生ならではの新たな仮説や施策が得られ、滋賀大学の学生は実際のビジネスで使われているデータを活用した課題解決に携わることができるというWin-Winなプロジェクトとなっている。
データ活用のプロも混ざって学生が企画立案
では、実際にどのようなプロジェクト進行が行われたのか説明したい。まず、河本ゼミの学生が4チームに分かれ、各チームが先述の「お客様の離反を防ぎたい」「より多くの体験(買い回り)を創りたい」の課題テーマから好きなほうを選択する。
その後学生が名古屋PARCOに行き、来店者がどういった買い物をしているのかを視察。その上でどのような分析をするか、どのデータ項目を使うのか、その分析によって何を明らかにするのかを整理する。
そして、分析作業とレポート作成を行った後、プレゼンテーションを実施する。このプロセスを約4ヵ月にわたって取り組んできた。
このような流れを、普段データ分析や活用について学んでいるとはいえ、大学生がいきなり行うのはそう簡単ではない。そのため、今回は河本教授に加え、博報堂プロダクツの大木真吾氏、アルベルトの巣山剛氏というデータ活用の支援を行う2人がサポーターとして参加した。
河本教授は最終報告に向かっての分析手法の教育、データとの向き合い方など各学生の指導を行った。そして、大木氏は仮説構築、分析視点の検討、分析結果の解釈、施策化検討、KPI設計、プレゼンテーションテクニックなどをレクチャー。さらに、ビジネスに必要な要素や心構え、施策立案のコツなど一連の体験をガイドするアドバイザーとしても学生の相談に乗った。アルベルトの巣山氏はデータ分析手法に関するサポートや分析結果の解釈についてのアドバイスを行った。
3名の手厚いサポートのもと、河本ゼミの学生はそれぞれデータ分析、企画立案に打ち込んだわけだが、実際にどのような提案を行ったのか。ここからは、その報告会の模様をお届けしたい。
学生ならではの提案内容が続々登場
今回の4チームはA~D班に分けられており、AとD班が「より多くの体験(買い回り)を創りたい」、BとC班が「お客様の離反を防ぎたい」の課題テーマと向き合った。
最も買い回りしているユーザー層から施策を提案:D班
最初に発表したD班は、買い回りをするユーザーを分析前に定義。その上で全顧客を10等分してそこから有益な情報を得ようとする分析法である「デシル分析」を使い、買い回りユーザーを購入金額の大小で10段階に分類。その結果購入金額が一番多いデシル1が買い回りユーザーの売上の約40%、全体売上の約30%を占めていることを明らかにした。
そして、デシル1ユーザーの属性と買い物の順番を分析し、「25歳以上30歳未満の女性が多いこと」「レディスカテゴリの買い物で始まることが多く、どの段階でも半数が買い物を終了している」ことを発見。ここから、2店舗目に送客する施策を企画した。
その結果、D班が施策として提案したのは「夜の2店舗スタンプラリー」。データ分析で買い回りが夜に起きやすいことがわかっていたため、18時からレディス店舗で買い物した人を対象に、指定店舗で買い物するとクーポンがもらえる施策を提案した。
関心と経験をもたらす施策を分析結果から提案:A班
2番目に発表したA班は、「『関心』と『経験』」と題したプレゼンテーションを実施。D班と同様に買い回りの定義を決め、買い回りユーザーをあぶり出した。さらにA班では「入店からの購入が早い人ほど買い回りをしている」「アプリを使っている人ほど買い回りしているのではないか」などいくつかの仮説を立てた。
それを検証すべく、過去2回以上の購買がある人を対象に「買い回り経験が50%以上」などの4属性に分類。そこから事前に考えた仮説の裏付けを取るべく分析をした結果、「買い回りしている人はしていない人と比べてアプリを使っている」「買い回り経験のある人は買い物件数と経験店舗数が多い」ことを明らかにした。
そこから、アプリにもっと関心を持ってもらう施策として自分だけのアバターを「POCKET PARCO」で作ることができる「ポケパルアバター」や、買い物をした人に他カテゴリのお店で使えるクーポンを渡す「おみくじクーポン」を提案した。
休眠ユーザーと一般カスタマーの違いから離反防止策を提案:C班
3番目に発表したC班は離反防止をテーマにしたプレゼンテーションを行った。C班では、どのように顧客が休眠、離反までの流れをたどっているのかを確認し、顧客をロイヤルカスタマーから離反ユーザーまで5つのセグメントに分類した。分類にあたっては、購入日数・平均購入金額・GPSチェックイン日数をもとに独自の偏差値を算出する「PARCO活動スコア」を活用した。
そして、各セグメントの状態遷移を見ていくと、休眠予備軍から休眠に移っている人が57%移動している。そして、休眠予備軍は一般カスタマーになる可能性も23%秘めており、非常に不安定なステージであるという気付きを得た。
その上でC班は、休眠予備軍から一般カスタマーを比較し企画のタネを模索。一般カスタマーと休眠予備軍では購入日数が約2日、平均購買価格が約4,000円の差があることを把握。さらに休眠予備軍のうち、1年後に一般カスタマーになるユーザーはアプリのニュースフィードの反応回数が多く、名古屋PARCOに関してはアプリの起動回数と購買日数の関係性が低いことも明らかにした。
これらの分析結果をもとに、C班はBtoCとBtoE(Employee)の施策を提案した。BtoCは期間限定DMや自己分析診断施策、BtoEに関してはテナント同士でニュースフィードでのいいね数を競い、上位テナントにはインセンティブ付与など、顧客だけでなく従業員に対する施策を打ち出した。
経過日数と復帰率からお昼寝期間を導く:B班
最後に発表したのはB班。「お客様の離反を防ぎたい」の課題テーマに対し、B班は最初に経過日数と復帰率の相関を検証。経過日数が1年経っていない人をアクティブ、2年経っていない人を休眠、2年経った人を離反としたところ、休眠に入った人は20%しか戻ってこないことがわかった。
さらに、アクティブの範囲のユーザーを見ていくと、半年から1年の間にお昼寝という、顧客をアクティブに引き上げやすいチャンスがあることも明らかにした。
そこから、お昼寝層が再購買もしくは休眠するときの差を明らかにしていく。お昼寝に、「POCKET PARCO」のニュースフィードでいいねを押した約72%は復帰している。さらに、休眠した人のほとんどはアプリを起動しなくなること、復帰時の購入で多いのは衣料品・靴などをデータから導き出した。
そこで考えたのは「POCKET PARCO」のSNS化。パルコで買った商品のコーディネートや、パルコで買った便利グッズなどを投稿できるようにするというもの。これにより「アプリの利用率を引き上げ、休眠からの復帰率を向上させたい」と学生は語った。
パルコが学生企画で1番だと思ったのは?
4チームが発表したところで、河本教授、大木氏、巣山氏に加え、パルコの林氏と発表に同席していたパルコの安藤彩子氏と高森敦史氏が4つの企画審議。最終的に優秀賞と最優秀賞を発表した。
まず優秀賞はA班。その理由に関して林氏は「おみくじクーポンを実施したら売上が上がるのではないかと思った。実際には開発工数がかかるけど、買い回りを促進するには一番効果的な施策ではないか」と評価した。
そして最優秀賞はC班。林氏は受賞理由を以下のように語っている。
「我々の課題である離反を防ぐことに対し、分析結果から名古屋PARCOならでは課題を発見していました。たとえば、パルコ全体に比べ名古屋PARCOはアプリの起動回数と購買日数の関係性が低いことなどがそうですね。そして、全体的にデータに基づいて論理的な施策立案ができていたのが素晴らしかったです」(林氏)
しかし、AとC班だけでなく、他の班からも学生ならではの示唆が得られたという。具体的には、駐車場の利用状況に関するデータが欲しいという学生の声があり「そういった視点はなかった」と林氏も驚いていた。また施策がおもしろいものも多く、「社内に持ち帰って、何かしら受賞しなかった班の施策含めて何かやりたい」と林氏は意気込んでいた。
また、同席していた高森氏と安藤氏も学生の提案を高く評価。安藤氏は「普段業務でやっていることを学生視点できちんとやっていて、すごいと思った。自信を持って就職活動をしてほしい」とエールを送った。
学生から得られた期待以上のアウトプット
最後に、編集部は報告会の終了後、パルコの林氏と河本教授に今回の取り組みについて感想を聞いた。林氏は「期待以上のアウトプットが得られた」と話す。
「買い回りを増やす、離反を防止するというのは我々にとって解決しなければいけない重要な課題です。そのために我々も日々データを見て、解決するアイデアも出し尽くしてるつもりで業務にあたっています。それでも、学生の皆さんの分析視点、施策の提案のすべてが我々には足りていない、導き出せていない答えになっていたので、今回お願いした意味は非常にあったと思っています」(林氏)
一方、河本教授も今回の取り組みを非常に良かったと評価する。
「私は2年前まで会社員だったのでわかるのですが、データサイエンスの教育で欠かせないのは実践です。しかし、実践にはビジネス課題や企業が持つデータがなければできません。実際のビジネス課題を見つけて、仮説を立てて提案をする。このプロセスを企業の方にアドバイスをいただきながら行うことが学びにつながると思いますし、今回の取り組みでは期待以上の成果が出ました」(河本氏)
河本氏は「今回は最初の挑戦なので、今後も産学連携共同教育を推進していきたい。それがデータサイエンス教育のあるべき姿」ともコメントしている。今回のような取り組みは、パルコのような事業会社にも、博報堂プロダクツやアルベルトのような支援企業にも、そして学生にもメリットをもたらす非常に有意義な取り組みであることがわかった。
今後も滋賀大学をはじめ、データサイエンスを志す学生と事業会社の産学連携共同教育プロジェクトの推進を見守っていきたい。