01 私たちはブランドに囲まれて生活している
無数のブランドが存在する
「今日1日で、どれだけのブランドに接しましたか」と聞かれて、正確に答えられる人は恐らくいません。接触の定義や生活実態にもよりますが、無意識に目にしている広告やロゴを含めると、数百から1000程度のブランドに接しているという調査結果や考察もあります。
自宅の家電にはロゴが入っているし、駅に降り立てばあちこちに看板が出ています。コンビニを1周するだけで、数百のブランドが目に入るでしょう。私たちは意識するにせよ、しないにせよ、望むにせよ、望まないにせよ、ブランドに囲まれて暮らしているのが実態です(図1)。
このように、私たちを取り囲んでいるブランドは、消費者にとっても、提供者である企業側にとっても重要な意味を持ちます。
ブランドがないと買う商品を選ぶのは難しい
消費者にとって、つまり私たちの日常生活において、ブランドはどんな役割を果たしているのでしょうか。
それを考えるために、ロゴが一切描かれていない、まったくデザインがされていない商品だけを置いているコンビニを想像してみてください。もしそんなコンビニがあれば、お茶1つ買うのも一苦労です。同じ色をした液体が並んでいるだけで、それぞれどんな味がするのか、ほかの商品とどんな違いがあるのかわかりません。そんな状態では、「これを飲もう」と決めるのはとても困難なはずです。次節では、具体的な例を挙げて解説していきます。
02 ブランドは情報処理を簡略化する
ブランドは消費者の意思決定を助けている
普段の買い物では、私たちは深く考え込むことなく、商品を選んでいるはずです。それを可能にしているのもブランド。その商品・サービスがどんなカテゴリーなのか?他と比べてどんな良し悪しがあるか?存在を知っているブランドならば、ある程度それがどんなものであるかを想像し、判断することができます。
たとえば「爽健美茶」というブランドを目にしたとき、飲んだことがあればその味を思い出すことができます。飲んだことがないにしても、そのCMを目にしたことがあれば、「多分こんな味をしているんだろう」「健康によさそうなお茶なのだろう」と想像できます。
つまり、ブランドは私たちの情報処理を簡略化する、という社会的な機能があるのです。これはあらゆる製品・サービスに当てはまります。
たとえば自動車。「トヨタがいい」「日産がよさそう」とメーカーを決めてから車種を選ぶ人がいますが、それぞれの企業ブランドに対して、一定のイメージを抱いているからこそ可能なことです。高級車を買おうと思っている人なら、高級車のメーカーとして頭の中で分類されている「メルセデス・ベンツ、BMW、アウディ、レクサスを比較してみよう」と、膨大な選択肢から無意識に候補を絞り込みます。ブランドはその購入プロセスで大いに力を発揮しているのです。
消費者にとって、ブランドは情報処理の簡略化を助けるメカニズム。これを企業の目線で見ると、ほかの企業(製品・サービス)よりも有利な認識を抱かせれば、選ばれる確率も高まるのがブランドといえます(図2)。
03 デジタル時代でブランディング施策の選択肢が増えた
広がった顧客体験の幅
ITが発達した現在においても、マーケティング戦略の枠組み自体は昔から大きくは変わりません。変わったのは、ネットによって顧客との接点が増加したことにより、施策の幅、選択肢が増えたことです。
最近、「スマホを通じた顧客体験」というように、「顧客体験」や「UX(ユーザーエクスペリエンス)」という言葉が流行しています。しかし、これらの概念自体は昔からあるものです。長いことサービス業で顧客に直接触れてきた人からすれば、「今になって、なぜもてはやされているんだろう」と感じていることもあるでしょう。
スマホやアプリを使うのが当たり前の時代
しかし、ユーザーとじかに触れ合う機会があった人たちならともかく、メーカーにとっては、ITの進歩が劇的な変化をもたらしています。
メーカーはかつて、商品を売ったあと、ユーザーと接点を持つことができず、継続的なコミュニケーションやフィードバックを得るのには限界がありました。主にコストの面から、たとえ構想があっても断念していたのです。
しかし、ITやスマホの登場によって、これまでよりもはるかに安価でユーザーとつながりを持つことができるようになりました。
具体的には、購買のチャネル以外に、購買前後の接点が増え、連携サービスもたくさん生まれました。それによって、施策の選択肢が増えた、ということです(図3)。
04 ブランド戦略に対する誤解
なぜ「関係ない」と考えるのか
筆者が「ブランド戦略」という単語を口にすると、「うちには関係ない」と拒否反応を示す人がいます。そういう人は、残念ながらブランド戦略について誤解していることが多いようです。大きく分けて、その誤解は3種類あります。
- ブランド戦略にはすごくお金がかかる
- 高級品が対象
- マス広告が必須
こうした誤解があるために、「うちは割安なポジショニングで、高級品カテゴリーじゃない。だから関係ない」とブランド戦略について考えることを放棄してしまうのです。
顧客接点の一貫性を整える
ブランド戦略の本質を一言で表現するならば、「ターゲット顧客にこう思われたら選ばれるであろうという価値を決めたら、そのような印象が残るようにすべての顧客体験や施策に一貫性を持たせるよう整える」ということ。
ブランド戦略を実施するということは、新しい予算で新しい施策を追加するというより、既存の商品・サービスそのものや、広告、営業、接客など、その他あらゆる顧客接点で与えている印象を、一貫性があるように整えることが主な内容になります(図4)。
つまり、社内のすり合わせや調整にかかる費用が基本的なコストといえ、マス広告のように大きな費用が追加で発生するとは限りません。
ビジネスを支援するブランド
「高級品」が対象という誤解については、ウォルマートが「エブリデイ・ロープライス」を、ドン・キホーテが「驚安の殿堂」を掲げているように、安さを価値に掲げた企業があることが反証です。「いつ行っても安い」。これを想起させて集客するのも、立派なブランドの価値です。
単価が高くなくても、プレミアムや高級さが売りでなくても、ブランド戦略がビジネスをうまくサポートする役割を担うことに変わりはありません。
広告に頼らないブランド戦略とは?
3つ目の、マス広告に関する誤解については、特に日本の場合、広告代理店が“強い”ことが一因でしょう。
日本では、マーケティングの外注先の企業として、大手広告代理店が圧倒的な規模と寡占的なシェアを持ちます。代理店は収益モデルの構造上、単価の高いマス広告を売り込む力学が働きやすいため、「ブランドはマス広告でつくる」と語られやすい構造があります(図5。業種によってはマス広告を利用したほうがよい場合もあり、筆者も単純に否定はしません)。
しかし、たとえばスターバックスコーヒーは、日本においては上場した日に新聞広告を出した以外、マス広告を行っていません。それでも強固なブランドを築き、世間に広く認知され、高い評価を得ています。
なぜそれが可能なのか。その理由の1つは、ほかのチェーンが比較にならないほど「体験の一貫性」を追求しているからです。そして、広告費の代わりに、よい立地に出店し、人目に触れる機会を増やし、お店そのものに広告媒体のような働きをさせていることも理由に挙げられます。
05 広告に頼らないブランド戦略とは?
スタバに学ぶブランド戦略
前節でスターバックスのブランディングについて触れましたが、お店を訪れることがあれば、ぜひ一度「体験の一貫性」のこだわりに注意をはらってみてください。まず、入店時に「いらっしゃいませ」といわれることがほとんどありません。聞こえるのは、「こんにちは」とか「こんばんは」という声。店員と客というよりも、もっと親しみやすい、まるで知り合いや友だちのような挨拶です。しかし実は、「こんにちはといいなさい」と指導されているわけではないそうです。同社の経営層の方と対談したときに聞いたら、「個人的な関係性を感じさせるように接する」という接客の方針があり、その結果生まれたカルチャーだとか。
坪単価から考えれば効率の悪くなるソファー席を設けて、会社でも家でもない「リラックスできるサードプレイス」を象徴するような店構えにしているのも、ブランディングのための仕掛けの1つ。ここまで徹底することによって、スターバックスというブランドが確立したわけです。
業種や業態によって適した施策は異なる
BtoB企業には小さい会社が山ほどあります。かく言う私が経営する会社のインサイトフォースも規模は小さいです。しかし、規模が小さいということは、必要な売上も小さいということ。全国にテレビCMを打って、3000万人にブランドを知ってもらう必要はありません。当社が実際に浸透施策として実施しているのは、ビジネスメディア露出、SNSアカウント運用、セミナー登壇の3つだけですが、充分な新規取引の引き合いがあります。それぞれの会社が業種や規模に適した効率的な施策を選べばよいのです(図6)。
06 ブランド戦略への疑念が生まれる理由(1)
ブランドへの誤解が生まれた背景
「ブランディング=マス広告」と捉えていると「うちの会社ではそんな予算ない」「うちはそんな規模じゃない」「高級品を扱ってない」と考えてしまい、ブランディングに対しての思考が停止してしまいます。このように自分の会社がやることじゃないと誤解している人が、本当に多いのです。こんなにもったいないことはありません。
「ブランド戦略」や「ブランディング」という言葉が日本に入ってきたのは、1990年前後と思われます。日本ではそれ以前の1980年代に「DCブランド」が一世を風靡。欧米の高級ファッションが「ブランド」と認知されたことが、日本において「ブランド戦略」が誤解を受ける、そもそものきっかけだったかもしれません。
もともとのブランドの意味とは?
ブランドの語源をたどるだけでも、上記のような誤解は晴れると思います。「brand」という言葉は「burned」、つまり「焼印を押す」ことから生じたといわれています。何のための焼印かというと、他人の家畜と自分の家畜を区別するためのものです(第2章で述べますが、米国ではこの考え方に基づいてブランディングが行われる傾向があります)。
自社の商品・サービスを、他社のものと区別してもらう。それがブランドの目的なのです(図7)。「高級品でなければブランドではない」という認識が、もともとの目的を考えると誤解である、ということを理解していただけたでしょうか。
07 ブランド戦略への疑念が生まれる理由(2)
かつて流行したCI
もともと家紋やアイデンティティを大事にするという日本人の気質からか、日本企業は「社のアイデンティティ」が強く、「アイデンティティや理念としてのブランド」という考え方は日本人にもなじみやすいようです。
CI(コーポレートアイデンティティ:企業独自の理念などを表現したもの)を定めることは、確かに有効なものです。ただし、理念を定めるだけでは、ビジネスの競争力はなかなか上がらないのも事実です。1990年前後の日本には「CIブーム」ともいうべき時期がありました。「わが社のアイデンティティとは」「何をするための会社なのか」「社会的意義は何か」。そんな理念を定め、社名やロゴを見直すことが流行しました。
CIブームが終わった理由
しかし、どうやって市場競争力を高め、会社として稼ぐことにつなげるか、現場の施策に活かすか、という具体性を欠いていた案件が多かったり、バブル時代の好景気で外注費が1億円を超えるような話も少なくなかったりしたために、「巨額投資したのに期待ほどの効果がなかった」とトラウマを抱えた企業も少なくありません(図8)。
それから30年近く経ち、現代のブランド戦略は、当時のCIとは異なり、よりマーケティング施策に直結し、競争力を高める実践的なものに進化しています。しかし、あまりにも手痛い失敗経験のために、ブランド戦略に疑念を抱く企業経営層もいまだに多く存在します。私たち支援業界側の力不足もあるのですが、なんとも歯がゆい話です。
自社なりのブランド戦略にチャレンジしよう
さて、ここまでの説明で、「ブランドに無関係でいられる企業なんてない」ということはわかっていただけたでしょうか。日々の生活ではブランドに囲まれており、「ブランドなんて関係ない」と思っている企業があったとしても、それは誤解にすぎません。
企業にとってブランドとは、その規模やポジションに応じて、競争を有利に進め、効率的に利益を生むための競争戦略ツールです。そして、マーケティングの4P施策(Product<製品・商品>、Price<価格>、Promotion<プロモーション>、Place<流通>)の判断の土台・軸としても、ブランド戦略は必要になります。
ブランド戦略をテーマにした本には、CIなどの理念的な話を書いたものも少なくありません。その理念の制定には大きな意味はあるものの、それは漢方薬のように長期的に、企業のあり方や生き方に影響を与えるもので、市場競争力に対する即効性はありません。
この本の目的は、ブランド戦略のもう1つの側面に焦点を絞り、競争戦略として、競争力を高める実践的なツールとしてのブランド戦略をお伝えしていくことです。
戦略の実行には多くの難しさはありますが、戦略の原理原則の理解はそこまで難しくありません。あなたもその方法論を学び、実践し、ぜひ自分の手で、ブランディングを成功させてください。