DXにはマーケティング視点が必要である
――やみくもにデジタル化を進めるのではなく、全体を見通す必要があるというのは、一般企業のDXでも同じことですよね。DXは「誰がやるか」という疑問もあると思いますが、江端さんはマーケターが進めていくべきとお考えということでしょうか?
江端:理想はマーケティングとIT、両方をわかっている人が進めるのが理想です。ただなかなかそういった人材はいないので、マーケティングの視点を持った人たちとITの視点を持った人たちで議論しながら、一緒に進めていけると良いと思います。
IT側の人間は「セキュリティ」の視点を持っていますし、マーケターは「どこをデジタル化すれば便利になるか」という勘所を持っています。この「セキュリティ」と「便利」という両方の視点によって話し合い、落とし所を作っていくと、上手い形に落ち着くと考えています。この時、便利の比重が強くなると情報漏えいの恐れが出てきますし、セキュリティの面が強すぎると、「ツールを入れたのに誰も使わない」ということが起きてしまうので、両者のバランスは非常に重要です。
そして、予算を動かすうえでは「経営」のコミットも欠かせません。会社としてDXに充てる予算があり、ケイパビリティがあるのであれば、DX推進の部署を作るのが一番良いでしょう。
DX2.0のフレームワーク「DX2.0の4P」
――江端さんは書籍の中で、マーケティング視点のDXを「DX2.0」と名付け、そのフレームワーク「DX2.0の4P」を提唱されていました。続いて、このフレームワークについて教えていただけますか?
江端:先程も述べた通り、私はDXにはマーケティング視点が欠かせないと思っています。しかし「DXはIT部門の仕事」と捉えているマーケターも一定数います。この書籍を作る際、マーケターがどうDXに取り組めば良いのかを考えていったのですが、マーケターであればマーケティングの4Pは絶対知っているので、それになぞらえればわかりやすいのではないかと考え、このフレームワークを作りました。
DX2.0の4Pは「Problem(課題)」「Prediction(未来予測)」「Process(改善プロセス)」「People(人の関与)」の4つとしました。

まず「Problem(課題)」について。DXを始めるためには、まず現状の問題点を正しく理解する必要があります。根本の問題点を理解せずにやみくもにデジタル化を進めてしまうと、定額給付金の例のようなことが起きてしまうため、注意が必要です。
課題を把握したら、2つめの「Prediction(未来予測)」につながります。これはマーケティングの4Pと最も異なるところで、かつ最も難しい箇所です。未来予測とはつまり、先見の明を発揮し、「理想像」を描くこと。Appleが「音楽を持ち歩ける世界」を実現したように、DXを行う際には、今までにない世界を発想し、その世界を実現するために必要なことをバックキャスティングしていくことが求められます。マーケティングの4Pは「今の市場」にあわせるものでしたが、DXは「未来の市場」も見据える必要があるのです。
また理想像を描く際には「技術的に今はできないもの」を入れても構いません。むしろ、そういった制限を設けずに理想像を描くことが重要です。「今ある課題を、今ある技術でどう解決するか」という発想では、できることが限られ、トランスフォームできないためです。
課題を見つけ、その課題を解決する理想の未来像を描くことができれば、次はそれをどういったプロセスで実行するかを考えていく必要があります。これが「Process(改善プロセス)」です。
そして、これら3つを下支えする形で存在するのが「People」です。注目していただきたいのは、Peopleはすべての要素に矢印が向いている点です。これはすべての要素に人の関与が重要であることを表すと同時に、「DXは人のためにならないといけない」という思いも込めています。
また先程理想の未来像を描く際、技術的に可能かどうかは考えなくて良いとお話ししましたが、これは人に関しても同じことです。「今の人材でどうやっていくか」と考えてしまうと、どうしても手詰まりになり、これまたトランスフォームまで行き着きません。あくまで「理想の未来を実現するためには、どういった人材が必要なのか」という視点で考えていくことが重要です。