この記事は、日本マーケティング学会発行の『マーケティングジャーナル Vol.40, No.3』の巻頭言を、加筆・修正したものです。
「群衆」が生み出す影響とは?
ジェームズ・スロウィッキー氏による『The Wisdom of Crowd』という書籍をご存じでしょうか。当初は異なる邦訳タイトルで発売されていたようなのですが、新装再刊されてからは、原著に近い『群衆の智慧』を邦訳タイトルとして冠しています。同書では、群衆が優れた予測にたどり着いた事例を知ることができます。これらの事例を見ていくと、マーケティングにおける「群衆の智慧」活用への期待が自ずと高まるはずです。
その一方で、「群衆の智慧」が思わぬ結果に結びついてしまうこともあるようです。最近の事例では、日本経済新聞、東京大学の鳥海准教授、ホットリンク社による共同調査が非常に興味深い知見を導出しています。こちらの調査では、COVID-19下におけるトイレットペーパーの買い占めがどのように起きたかが分析されており、「トイレットペーパーを買い占める必要がない」という正しい情報が拡散されていく過程で、むしろ多くの人々が不安を感じ、買い占め行動が引き起こされていったと指摘されているのです。「群衆」となった人々との向き合い方が一筋縄にはいかないことを感じられる事例でしょう。
「クラウド」への注目の高まり
マーケティングと「群衆」や「群衆の智慧」との結びつきは、いくつかの視点から検討されてきています。その最たる例の一つがクラウドソーシングです。「ワイアード」誌のエディターであったジェームズ・ハウ氏が2006年の記事の中で取り上げた「クラウドソーシング」という言葉は、日本でもすぐに広く知られるようになりました。こうした流れは学術界でも同様です。通常、実務的に生まれたキーワードが研究として発表されるまでには長い時間がかかるのですが、クラウドソーシングはいち早く学術的な議論にも取り入れられていったのです。『マーケティングジャーナル』においても、クラウドソーシング参加者の多様性管理についての考察を進めた法政大学の西川英彦教授と東京大学の本條晴一郎特別研究員(発行当時。現在は静岡大学准教授)の論文(PDF)が2011年に発表されています。
現在では、クラウドソーシングだけでなく、クラウドファンディングという言葉も広く定着しました。新聞記事のデータベースなどで確認してみても、2020年にはこれまで以上に多くの記事で取り上げられたことがわかります。2011年の東日本大震災を契機に日本でも広く知られるようになったといわれているクラウドファンディングですが、COVID-19の影響により、さらなる注目を集めているといえそうです。