キャッシュレス決済を巡る生活者の意識
ここまでは時系列の浸透度、決済行動とデモグラフィック属性の関係を見てきましたが、ここからは決済行動と意識の関係性を見ていきます。日本政府や決済事業者の視点になってみると、今後もキャッシュレス比率を上げ続けるためには、キャッシュレス決済が使える場面を増やすことや、キャッシュレス決済を使う際の心理的なボトルネックを特定する必要があります。SCI Payment対象者に対して行った意識調査を因子分析した結果、キャッシュレス決済を巡る意識が9つの要素に集約されました(図表4)。

5番目と7番目の要素について補足しますと、“支出管理の難しさ”というのは、「いくら使ったのかが把握しにくい」「現金だと使いすぎてしまう」といった内容が含まれます。また、7番目の“始める際の負担”については「アプリを登録することへの負担感」「新たに操作を覚えることへの負担感」などが挙げられます。
ここで、決済行動と意識の関係性を見るために、図表2・図表3でも取り上げた個人内キャッシュレス比率(2020年版)の5層ごとに因子得点の平均値を集計したものが図表5です。
図表5の各層の波形を比較すると、ライト層とヘビー層とで対照的な動きをしていることがわかります。決済行動とキャッシュレス決済に関する意識には、一定の関係があることが言えそうです。

ヘビー層は他の層と比べ、「キャッシュレス決済を導入する際の負担感」の値が低く、「自身の生活との相性」「お得感」の値が高いことがわかります。一方で、ライト層やミドル層-1のような相対的にキャッシュレス比率が低い層では、他の層に比べて「自身の生活との相性」「利便性」の値が低く、「支出管理の難しさ」「セキュリティリスク」の値が高いことがわかります。更なるキャッシュレス化を実現させる上では、「利便性」「支出管理の難しさ」「セキュリティリスク」は外せない観点なのではないでしょうか。
行動×属性×意識で浮かび上がる仮説
最後に、「決済行動」「デモグラフィック属性」「キャッシュレス決済に対する意識」の3つの関係から考えられる仮説をご紹介します。図表3から、世帯年収と個人内キャッシュレス比率には相関関係があること、そして図表5から、支出管理の難しさと個人内キャッシュレス比率にも相関関係があることがわかりました。こうした関係性を元に生活者の一場面を想像してみます。世帯年収が低い層では、1ヵ月あたりで使える金額に限りがあり、家計管理をシビアに行う必要があります。
そうした状況下で、給料や年金などまとまった生活資金が手元に集まった際、貯金予定額以外をすべて現金化し、次回の入金タイミングまでに使える額を週や費目別に“袋分け管理”を徹底しているという方もいるのではないでしょうか。袋分け管理であれば使えるお金の量が目に見えてわかるため、家計管理がやりやすく、電子マネーやコード決済を使うために現金を“チャージする”という行為は、袋分け管理をしている人にとってあまり合理的ではありません。袋分け管理とまでは行かずとも、生活費を1週間ずつ現金化して「あとどれくらいお金が残っているかが即時実感を持ってわかる」状況を作っていることはあり得る話です。
この仮説が正しかったとすると、決済事業者がいくら大規模なポイント還元キャンペーンを行っても上記のような層にはサービスは受け入れられない可能性が高いです。また、キャッシュレス決済は“現金による決済”をデジタル化したと捉えることができますが、“現金を分けるための袋”にあたる部分をデジタル化し残金をわかりやすく見せることができれば、キャッシュレス決済を取り巻く環境が激変するかもしれません。
本稿では、生活者の決済行動・デモグラフィック属性・キャッシュレス決済に関する意識をそれぞれ確認しました。約1年で大きな変化が起きたことが確認できた一方、一律の施策によってキャッシュレス推進できる段階は達成しております。今後は生活者のセグメントごとに買い物行動や意識を分析し、それぞれのインセンティブになり得る施策を行っていく必要があるのではないでしょうか。弊社ではこれからも決済購買とその周辺領域についての研究を継続し、インサイトの提供に寄与していきたいと考えております。