「売り方」をオフラインからオンラインにシフトする
本書は新型コロナウイルス感染症を契機に、実店舗や対面でのビジネスができなくなり、デジタル化を迫られているものの何をどうしたら良いか見当がつかない方々に向けて書いた「売り方」の提案書です。
生活者がモノを買う起点がリアルからデジタルに、オフラインからオンラインに急速に変わりつつあります。売り手もそれに合わせて売り方をオンライン起点に変えていかなければなりません。本書ではこれを「売り方のオンラインシフト」と呼び、現在のオフライン中心の販売モデルから、売り方のオンラインシフトを完成させるまでの7つのステップとその実践方法を解説していきます。
かくいう私も、売り方のオンラインシフトの渦中にいます。私は現在シンガポールに暮らしながら、BtoCプロダクトを世界展開していくための売り方を考え、実践しています。オンラインを起点とした活動に試行錯誤を重ねる日々です。働き方も大きく変わり、新型コロナ対策として2020年の3月中旬から10月中旬までの7か月間は一度たりとも会社に行きませんでした。しかしその間にもミーティングはもちろんのこと、消費者調査やテレビCMの撮影、人事研修など、全て家から実施していました。
今ではTeamsやZoom、Meet、Wherebyといったオンラインビデオ会議ツールが充実していて、職種にもよりますがこれらを活用することで会社や撮影現場、消費者調査会場やご家庭に訪問しなくても、ほとんど問題なく仕事に取り組めています。この5年ほどでテクノロジーが本当に進化しているのだと感じずにはいられません。
一方、シンガポールでは6月中旬までは離れて暮らす家族に会うこともままならず、その後も外出時に建物に入る際はスマホを入り口のQRコードにかざして自分のID情報を登録し政府のデータベースに残されるなど、個人の行動は厳しく制限・監視されています。
このような生活をしていたものですから、当初は新型コロナに対して強い嫌悪感を抱き、生きる自由が奪われたものだと悲観的に捉えていました。しかし新型コロナが収束する気配が感じられないなと思った時に、このまま自由がなくなったことにただいら立つよりも、新型コロナがあったからこそできるようになること、これがなかったら決してできなかったと後でいえるようなことに目を向けようと感じ始めました。
コロナショック、コロナ危機ではなく、もしかしたらコロナチャンスになりえないだろうかと。そこで、リモートライフによってビジネスの在り方はどう変わっていくのかを、コロナ禍にいる一人の人間として、自らも含めた人々の生活の変化、社会の移り変わりを観察して考えた結果、この本を書き上げることにしました。ステイホームであっても、私たちは思考を自由に羽ばたかせることができます。
変化の兆しがあるところには必ず商機がある
振り返ってみると、私の過去5年間はステイホーム中の思考を飛躍させる助走期間ともいえるものでした。世界で生じているデジタル化による創造的破壊に対する危機感から、2015年より5年連続シリコンバレーに、2018年より3年連続CES(Consumer Electronics Show:アメリカで毎年1月に開催される電子機器の業界向け見本市)に、また深圳やイスラエルにも足を運び、グーグル(Google)、ユーチューブ(YouTube)、フェイスブック(Facebook)、アマゾン(Amazon)、アリババなどのテックジャイアントの本社にも訪れるとともに、世界最難関といわれるミネルバ大学も視察し、最新のデジタルテクノロジーがどのように私たちをとりまく環境を変えようとしているのかを目の当たりにしてきました。
それによって得られた知見を、商品のマーケティング業務に取り込んだり、コンテンツプロデュースに生かしてSXSW(South by Southwest:アメリカで毎年3月に行われる、音楽・映画・インタラクティブフェスティバルなどを組み合わせたイベント)やCESに出展したり、シンガポールで取り組むASEANのEコマースビジネスに活用したりしてきました。
いまから考えるに、その時から既に売り方のオンラインシフトは始まっていました。新型コロナによってそれが急速に加速されたのです。同時に、新型コロナは企業規模によるビジネスの力の差をリセットしてくれるかもしれないめったにない機会だと捉えられます。
経済産業省の「2025年の崖問題とDX推進に向けた政策展開」によると、2019年時点でデジタルトランスフォーメーションに取り組んでいる大手企業の割合は30%しかありません。また、IMDの発表する2020年版デジタル競争力ランキングによると、日本は27位でアジアの主要国の中でもデジタルの活用が遅れていることが分かります(1位アメリカ、2位シンガポール、3位スウェーデン、5位香港、8位韓国、11位台湾、16 位中国)。このような状況ですから、企業の大小を問わず、全ての企業がほぼ同時期にデジタル中心のビジネスをするスタートラインに立ったといえます。
大きいものではなく、早く適応したものが勝つ。変化の兆しがあるところには必ず商機があります。
本書の構成
全世界レベルで「移動の制約」を受ける中、手探りであっても確からしい、そして新しい「売り方」を模索したい。そこで本書は、現実を観察し整理することで新たな現実を捉え、それにどう対応していくかを仮説立てし、ケーススタディによる仮説検証を行う、という3章構成でまとめています。
第1章 観察
第1章では、現実をつぶさに観察するところからスタートします。大規模な調査を実施するのではなく、自分の周りで何が起こっているのか、どういう意識や行動の変化が生じているのか。それがある程度の社会性を帯びているのかを、インターネットやテレビからの情報、そして他国の人との会話から同じような現象が自分自身の周り以外でも起こっているのかを並行して確認します。
これは私がコピーライター時代に教えてもらったアプローチで、強いコンテンツは自分の中にある社会性を見つけた個人から生まれるというものです。自分の中にある問題意識の中には大別すれば、他の人には理解できない自分だけが感じるもの、何人かは理解を示してくれるもの、そして多くの人に共感されるものがあります。
たとえ一個人から出発したものであっても、多くの人に共通するものがあります。そこを見つけ出すアプローチになります。起業家が自分が欲しいものを手掛けて、それが結果的に多くの人に受け入れられる商品に至ったというのは、これと似たケースだといえます。
一方で、自分の身の回りでは起きていなくても、他のどこかで起こっている現象が存在するはずです。ただしそれは、そうした現象が起こっているらしいと他人事になってしまうと考えています。そのため大規模な定量調査をして現象を抜けもれなく論理的にまとめようとするよりも、自分が心から納得できる現象のみをピックアップしています。
コロナパンデミックを契機に自分の身の回りで起こっていることが世間でも起こっているのかを照らし合わせ、これは社会的な現象と考えられるものを抜き出し、その現象を抽象化してみると、ミーニングフル(Meaningful)、エンゲージメント(Engagement)、セルフディフェンス(Self-Defense)という3つの現象が浮かび上がってきます。それぞれ詳しくは後ほど説明しますが、これらの現象はいままで存在していなかった全く新しいものではなく、既に一部の人が取り組んでいるものだったり、5年後くらいには普及するといわれていたりするものです。
第2章 仮説立て
続く第2章では、ミーニングフル、エンゲージメント、セルフディフェンスを踏まえて、これからどのような売り方をしていけばよいのかを考えていきます。テックジャイアントやデジタルイノベーション震源地での視察、グローバルマーケティングカンパニーからの学び、自らが実際に取り組んでいるマーケティング活動、Eコマースビジネス、コンテンツプロデュースの経験をつなぎ合わせることで、仮説立てしています。
具体的にはマーケティングの7Pと名付けた取り組みを行うことで、売り方のオンラインシフトが完成すると考えています。パーパス(意義)、ポスト(投稿)、ページ(デジタル接点)、ピュア(純粋)、パーソナライズ(個別化)、パーティシペーション(参加)、パフォーマンス(成果)の頭文字から7Pと呼んでいます。
第3章 ケーススタディによる仮説検証
第3章は仮説検証のステップに進むわけですが、アメリカや中国企業の事例では日本の市場環境に通用しない可能性もあるので、日本企業に絞った結果2つの事例に着目することにしました。ヤッホーブルーイングとスノーピークです。ヤッホーブルーイングは「よなよなエール」を代表とするビールメーカーで、スノーピークはアウトドアメーカーです。実は両社にはいくつかの共通点があります。1990年代に突然ブーム(地ビールブームとオートキャンプブーム)が終わり、売上が激減してしまいました。何とかするために自分たちの存在意義を見つめ直し、お客様との関係を改めて重視し、オンラインを通じた顧客接点を持つようになり、企業業績を回復させたのです。
実店舗や対面接客といったオフラインでの事業活動が突如できなくなり、売上が激減してこれまでとは別のやり方を模索しなければならない現在の私たちにとって、両社の取り組みは学びの宝庫です。型破りのマーケティングをしてきたといわれるヤッホーブルーイング、マーケティングはしないというスノーピーク。それぞれの具体的な取り組みについては後述しますが、その内容は私がこれまでシリコンバレーや深圳、イスラエル、そしてテックジャイアントに実際に足を運んでこの目で見て感じてきたことに近い感覚があったのです。
みなさんのビジネスにおいて、本書がコロナをピンチからチャンスに変えるきっかけになれば幸いです。