マーケティングとは、愛する人を喜ばせること
小田:私たちMIMIGURIでは、「問い」から始めることで、まさに好奇心の翼を羽ばたかせるリサーチ・ドリブン・イノベーションというプロセスを提唱しています。このとき、「外から内(アウトサイド・イン)」と「内から外(インサイド・アウト)」のアプローチを兼ね備えた、「探究しがいのあるタフな問い」を見つけることが必要なのですが、現在のリサーチのトレンドとしては、ユーザー主導のアウトサイド・インが顕著になっていますよね。
安斎:もちろん、どちらが適切かの優劣をつけるのではなく、理想は外から内/内から外を行き来し、問いを探究することです。ですが、様々な企業の事業や商品開発のご支援をしてきた中で、今のマーケティングはアウトサイド・インに偏りすぎて、どこか「こういう人たちに売ろう」という姿勢が強いケースが見受けられますね。
小田:私は、「意味のイノベーション」の研究を専門としていますが、この分野では「愛のあるギフトを届ける話」がよく出てくるんです。たとえば、子どもにギフトを贈るとき、「子どもはこういうものが好きだから」と、世の中の流行や過去データを精緻に掴んで選んでも、なかなか喜ばれません。
そうではなく、ギフトを贈る相手は何を大事にしているのか、そして送り主としての気持ち、「相手にどうなってほしいのか」という想いを掛け合わせ、ギフトを選ぶ。その人にとってより意味のあるものを届けることが大事であるとされています。
檜垣:マーケティングの本質は、誰かのことを理解して、その人を喜ばせることだと思っています。CXの向上も同じですね。やはり対象への愛があって初めて、データはリアリティを持ちます。愛って、人間の持っている原初的な衝動の一つであり、本質。そして、愛は野生です。新しい価値の提供や実現は、愛情がないとできないのではないでしょうか。
安斎:「世の中のため、そこで生きる人たちのためになる物を作る」という前提があり、そこから人間をもっと深く知りたい、探究したいという姿勢が立ち上がる。すると、データに対して素朴な疑問が湧き、新たな価値が創られる。この循環が大事だなと改めて思いました。

データに対して「素朴に問う」ことから始めよう
小田:ここまでを一度まとめますと、新しい価値の創造のため、データの先にある人間の営みを愛情を持って理解しようというお話でした。
一方で現場のマーケターは、それらの大切さを理解しながらも、日常業務の中で実践しにくい難しさを抱えているのではないかと思うんです。WHATを根本から問い直すような行動は起こしにくく、HOWに関する情報のニーズも高いですよね。
檜垣:今に始まったことではありませんが、たとえばデジタルトランスフォーメーションは、ビジネスのプロセスを刷新する営みです。しかし、ツールや手段による効率化や改善にだけフォーカスされがちな風潮があります。本来は、DXによって、どのようにCXを向上させ、人々の暮らしを向上させていくのか。その結果LTVが上がり、社会が進歩していくわけですが、それが語られていない。KPIの達成にフォーカスするがゆえに、HOWを実践するに留まっているのかもしれません。
小田:なるほど。私は、マーケターやリサーチャーが、データに対して素朴に問うことが難しい環境にあるんじゃないかと考えています。でも「問うこと」って、子供が何かに関心を持つような、好奇心に根付くアプローチです。
たとえ「新しいことをやる」機会がなくても、まずはデータを見ながら「どうなっているんだろう」「背後にどんな人がいるんだろう」と問うてみる。これが、マーケティングの現場において創造性を高める上で大事なのかもしれませんね。
檜垣:はじめのお話に戻るのですが、やはり皆さんすごくスマートなんですよね。データの世界は常に最適化を目指しますが、それは収斂していくものなのです。結果として、みんなが同じ結論にたどり着いてしまいます。そして最適化を繰り返していくと、改善幅は前回よりも狭くなる。このスパイラルから思い切って抜け出すことも、時には必要になります。