「命がけの跳躍」が価値を創造する
マルクスは『資本論』第一巻冒頭の、有名な「価値形態論」で、商品は「命がけで跳ぶ」と書いている。
「商品価値の商品体から金体への飛躍は、私が他のところで名づけたように、商品の Salto mortale〔生命がけの飛躍〕である。この飛躍が失敗すれば、商品は別に困ることもないが、商品所有者は恐らく苦しむ。」
私の解釈では、たとえば、トヨタが自動車を生産しても、それが市場でお金と交換されなければ、価値を成さないという意味だ。生産物はそれ自体では経済的には意味をなさない。その時点では、経済的な価値はゼロ(無)だ。その生産物が価値を成すためには、貨幣と交換されなければならない。このとき、無から有が生まれる。その「無」を「有」にするためには、商品は「Salto mortale〔生命がけの飛躍〕」をするのだ。
つまり、商品は売れなければ意味がない。生産物は商品として売れなければ役に立たない。では、そこで商品と交換される貨幣はどうなのか?
東京大学経済学部長などを歴任し、現在、国際基督教大学特別招聘教授、東京大学名誉教授などを務める、岩井克人氏は『貨幣論』で、以下のように書いている。
「『資本論』のなかでマルクスは、商品を売ることはその商品に『とんぼ返り=命がけの跳躍』を強いることだと茶化している。売り手が手にもつ商品は、買い手という他人によってじっさいに買われなければ、それ自身が価値のにない手としての商品であることを実証できないからである。だが、じぶんの商品を買い手が言い値で買ってくれるかどうかを日々気にしている心配性の売り手が商品に強いるこの『跳躍』は、それよりはるかに根源的な『跳躍』を前提としている。なぜならば、貨幣が貨幣であることに何の疑念もいだかずに日々店先にたつ無邪気な商品の買い手のほうが、本人の意識とは裏腹に、手のなかににぎりしめている貨幣そのものにたいして、たんなる『とんぼ返り』にはとどまらないまさに『命がけの跳躍』を強いているからである。」
岩波文庫版の『資本論』で「Salto mortale〔生命がけの飛躍〕」と表記されているものと、岩井克人氏が「とんぼ返り=命がけの跳躍」というのは、同じドイツ語の訳語である。
岩井氏は、「商品の命がけの跳躍」よりも「貨幣の命がけの跳躍」のほうが、はるかに根源的な「跳躍」であると論じる。
これは、トヨタの自動車というモノは、モノとしての使用価値が内在すると考えられるが、その一方で、一万円札という紙切れは、モノとして使用価値は紙切れの価値しかないからだ。つまり、紙切れに過ぎない1万円札に、1万円の価値があるのはなぜなのか? 貨幣のほうが、根源的な「命がけの跳躍」をしているのだ。
歴史の始原における、交換の不可能性を論理的に考察し、100グラムの塩と100グラムの砂糖を等価交換するとき、その受取手が100グラムの塩よりは100グラムの砂糖のほうが自分にとっては価値がある、少なくとも損はしないと了解し、そして、その相手も同様のことを、逆の立場で考えなければ、交換が成立しない。マルクスがいう「商品の命がけの跳躍」は、この事情を商品の立場で擬人化している。
だが、それよりも、貨幣のほうが、もっと根源的で論理的な不可能性がある。紙幣の場合、紙切れに1万円と記載してそれに1万円の価値があると、相手に信じ込ませないといけないからだ。
小霜氏が「クリエイティブとは、信じることである」と発するとき、彼は、商品ではなくて、貨幣としての「命がけの跳躍」を指していた。トヨタの自動車のように使用価値がわかりやすいモノを小霜氏が販売しているわけではないからだ。
コピー1本100万円で売るとき、小霜氏は「命がけの跳躍」をする。紙切れに書かれたコピー、それは単なる文字の羅列。紙切れに「1万円」と記載した紙幣に限りなく近い。だから、本物のクリエイティブ・ディレクターは、小霜氏でもDavid Drogaでも、自分を信じて「命がけの跳躍」をするのだ。それは、交換の不可能性を可能にする、あの貨幣と同じなのだ。
クリエイティブな仕事の価値が高い秘密はここにある。クリエイティブな仕事、ゼロからイチ、「無」から「有」を生み出す仕事は、社会から評価され、大きな価値を創造する。それは、歴史の始原における論理的な交換の不可能性を、まるで貨幣のようにジャンプするからだ。
貨幣や金融を信用制度、信用ネットワークと呼ぶのも偶然ではない。信じて「命がけで跳躍」することが、価値を創造する。それをネットワーク化することで貨幣共同体(経済圏)が社会的に定着する。
自分を信じて常にクリエイティブを作り続ける小霜氏自体が、仕事を通して社会から信用・信頼される。この信用のネットワークが貨幣システムであり、そして、同じ論理が、プロのクリエイティブ・ディレクター小霜氏の価値を形成していく。
「クリエイティブとは、信じることである」と小霜氏がいうとき、その真意はそこにあった。