時代と共に変わるファンのインサイト
今回紹介する書籍は、『推しエコノミー 「仮想一等地」が変えるエンタメの未来』。著者は、エンタメ社会学者の中山淳雄氏です。
中山氏はDeNAやデロイトトーマツコンサルティングを経たのち、バンダイナムコスタジオでカナダとマレーシアにゲーム開発会社・アート会社を新規設立。その後もブシロードインターナショナルの社長としてシンガポールに駐在し、アニメやプロレスといった日本コンテンツの海外展開を担当するなど、エンタメ経済圏に国内外から関わり続けている人物です。
本書で取り上げられているのは、ファンの愛着や熱狂を生み、市場に大きな経済効果をもたらす「推し」を取り巻くビジネスです。前半では、コンテンツ産業におけるデジタル空間の活用方法と、そこに集うファンのインサイトを解説。後半は視野を海外まで広げ、コンテンツの生産/消費でマーケットの覇権を争う米中の動きを紐解きつつ、日本企業の戦い方を提示しています。
ファンが中心となってコンテンツを消費するエンタメビジネス自体は今も昔も存在していますが、ファンの行動心理やデバイスの普及率は時代と共に大きく変わっています。では、昨今のファンはいかなる価値観に基づき、対象をどのように推しているのでしょうか。
ファンのヒエラルキーは“関与度合い”で決まる
本書で中山氏は、ファンに起こった変化を次のように語っています。
ユーザーはもはや「消費者」と呼んでいたころの行動特性をもっていない。彼らはむしろ「表現者」のようにコンテンツとの付き合い方を変えるようになってきた。(P.82)
かつて主に男性オタクが使っていた「萌え」が、対象への恋愛とも性愛ともいえない内的な感情を表現していたのに対し、「推す」はファンの男女を問わず自分の代わりに頑張っている対象を応援し、体験と物語に投資する外的な姿勢なのだというのです。
また中山氏は「昨今のファンがタイムパフォーマンス(時間対効果)を重視する傾向にある」とも指摘。彼らは投じた時間にふさわしい感情的な揺さぶりを推しから得られるのかどうかを常に見張っていて、ファンコミュニティのヒエラルキーも、使った金額の多寡というよりは、SNSでの表現やシェアなど関与度合いの高さによって決まると述べています。
関与度合いの高いファンと仮想一等地を作る
そのような価値観を踏まえ、コンテンツ供給側はどのようにファンへアプローチすれば良いのでしょうか。中山氏は「仮想一等地」の重要性を強調しています。
中山氏の言う仮想一等地とは、デジタル空間においてバズが起こり、大勢がワイワイと騒いでいる状況のこと。その例として、TBSが制作したドラマ「半沢直樹」の放送時に、数時間で50万人がハッシュタグ付きの関連ワードをツイート/リツイートしたことを挙げています。
この仮想一等地の誕生には、浅く広い「リーチ」よりもユーザーの自主的なアクションや参加を引っ張り上げて引き出すような「リール(Reel)」型のマーケティングが作用すると中山氏。仮想一等地の中心には関与度合いの高いファンがインフルエンサーとして機能しているため、企業はこれらのファンと共に一等地を通りがかるユーザーへ向けて「このコンテンツは安パイだよ。時間を費やしても、その体験は無駄にならないよ」という信号を発信し、味方に付ける必要があるというのです。
本書では、アニメ「鬼滅の刃」やゲーム「ウマ娘」といったメガヒットコンテンツのほか、オンラインキャバクラなども引き合いに出しながら、ユーザーが「限られた時間資源を投下したい」と思えるサービスの共通項を紐解いています。推しエコノミーの地平を開き、自社のファンマーケティングに活かせる知見を得たい方は、手に取ってみてはいかがでしょうか。