※本記事は、2022年1月25日刊行の定期誌『MarkeZine』73号に掲載したものです。
アドビで取り組んできた、社員の意識改革
アドビ株式会社マーケティング本部
常務執行役員/シニアディレクター 里村明洋氏慶應義塾大学総合政策学部卒業。新卒でP&Gに入社。営業からマーケティングまでP&Gとしては異色のキャリアを築く。Googleに転職後は、複数の事業でマーケティングを統括。2019年3月にアドビに入社、2020年12月より現職。
――里村さんがマーケティングを率いる「Adobe Creative Cloud」では、従来より主なターゲットであり顧客であったプロクリエイターから、新たにターゲット層を広げるマーケティング戦略を展開されています。この戦略を実行するために、里村さんはご自身のミッションとして「社内の意識改革」を挙げられていました。具体的にどのような取り組みを?
大きく分けると2つあります。1つは、ユーザーの捉え方、ひいてはマーケティング自体の定義を変えるというものです。
デジタルマーケティングの業界では、ファネルという言葉があるように、ユーザーを“上から下に”あるいは“縦に”見る考え方が定着していますが、これはユーザーを端的に見てしまうことにつながりかねません。たとえば、インプレッション→トラフィック→滞在時間というふうに数字だけを追うと、そこに介在するユーザーの思いやインサイトに考えが及ばなくなってしまう。どんなユーザーが、どんな行動を起こした結果、どういった思いになったのか、その結果何が起こったのか? とユーザーを主語にして考えるべきところが、「このメディアが〜」「このメッセージが〜」となってしまうのです。
そこで、より複合的にユーザーを捉え、縦ではなく横に広がっていくようなマーケティングの考え方を意識づけるための取り組みを行っています。簡単に言うと、「ユーザーを起点にしよう」ということですね。
――考え方やマインドは、言ってすぐに変わるものではありません。やはり、日々口を酸っぱくして言い続けるしかないのでしょうか?
実は1つ心がけていることがあって、自分のチームメンバーに意識してほしいことは、「斜め上のメッセージ」にして伝えるようにしています。伝えたいことをコマーシャライズして、みんなが頭の中でイメージしやすいメッセージに落とし込むのです。論理的に正しいことを普通に伝えても、「はい、そうですよね」としかなりません。映像を添えてみたり、比喩を使ってみたり、何らかの形でメンバーの頭をシェイクするようなコミュニケーションを心掛けるのは、リーダーの役割であると思っています。
意識改革に向けてもう1つ行ってきたのは、新しい市場・新しいユーザーへ意識を向けるための取り組みです。具体的には、月に1回程度、社外の方に来ていただいて、新たな視点・考え方に触れる場を作っています。このトレーニングは主にマーケティングとテクノロジーを軸にしており、ファミリーマートCMOの足立光さんやStrategy Partnersの西口一希さんなど、私がP&Gにいた時の諸先輩方をはじめ、業界で活躍されている様々な方にご協力いただいています。各人のスケジュールの都合もありますが、基本的には80〜90人ほどいるマーケティング部門全員を対象としていて、テーマによっては営業部門に声をかけることもあります。
やはり、意識改革については、私からメンバーに言うだけでは限界があります。外部から信頼できる方に来てもらうと、「あの時の資料を見返したのですが」といった発言が出てくるのです。これはメンバーの意識が変わっている証拠ですし、新しいアイデアが生まれたり、より発展した質問やコミュニケーションが返ってきたりすることも多々あり、効果を実感しています。あとは、新しい施策や活動にチャレンジした人に対して、賞を与える取り組みも行っています。
新しいユーザーや市場に目を向けるというのは、基本的にあらゆる企業・ブランドにおいて重要なことです。たとえば、これまでずっとプロクリエイターをターゲットにしていた「Adobe Creative Cloud」が新しいターゲットを、というストーリーがあることは間違いありません。ですが、新しいユーザー・顧客を増やすということをしない限り、ブランドは強くなっていきませんし、サステナブルなビジネスは実現しません。逆にそうでなかったら、どんどんニッチなブランドになって、最終的には消滅してしまいます。