では、いま広告が果たしている役割とは?
田部:さきほど、ネットの登場前後で広告の役割が変わったというお話がありましたが、現在マーケターは、広告の役割をどのように考えれば良いのでしょうか。
西口:プロダクトを体験する前と後では、広告の役割はまったく異なります。
プロダクト体験前に広告が寄与するのは、未認知の人に興味喚起をして購買意欲をわかせること。もしくは、認知未購買の人にプロダクトの便益を述べて、購買へと気持ちを変化させる場合に効果的です。
プロダクト体験後なら、プロダクトの評価を高めるために広告が役立つ場合があります。たとえば、レストランで食事して「おいしいけど、まぁまぁかな」という人に、「おいしい理由は三つ星シェフが監修しているからです」と広告します。言われなければ10しか感じなかったおいしさを20感じるようになるわけです。ただ、経験がダメなのに広告だけで再購入の意欲を高めるのは相当難しいです。
体験後の広告の役割でさらに重要なのは、リマインド効果です。素晴らしい事例は、日清食品さんのカップヌードルですね。あのCMで動くのは、「カップヌードルはおいしいと思うけれど、最近買っていない」人。そういう人が面白いクリエイティブを見ると、久しぶりだなと思い出して購入する。メガブランドがいいのは、しばらく休眠している状態の離反顧客が多いことです。「別に嫌いではないけれど、たまたま買っていなかった人」たちが広告を見ると、リマインドされて購入に至ります。だから、そうした顧客層をもたないブランドがこの事例を見て、「CMでブランディングしたらモノが売れる」と思うのは誤解なのです。クリエイティブに投資するときは、相当気をつけないといけません。
田部:それでもなお「広告でブランディングしたい」という要望は多く、かなりアーリーなステージの会社からも、そうした話を聞くことがあります。
西口:「ブランドが高い便益を顧客に提供して、他とは簡単に代替できない独自性があり、次回購買意欲を持ってもらえるほど満足度が高い」という前提に立って、事業主がブランディングを追求するならば、良いことだと思います。覚えていただくため、思い出していただくための有形無形のシンボルとして名前やロゴ、デザインやパッケージ、象徴的なタレント、CMのアイデアなどがあるのです。
広告はときに、商品の魅力を本来以上に伝えてしまいます。本当は実態以上のものを伝えるのは良くないのですが。「広告を見て買ったら非常に良かったので、次も買いたい」という気持ちになったら、ブランディングは成功です。広告がすごいにもかかわらず、中身が伴わなければ、ブランディングは成立せず、リマインド効果もありません。
クリエイティブの話をする前に
田部:プロダクトの便益性や独自性が非常に重要というのは実感しますが、CM制作の現場では、それを詰め切らないまま、クリエイティブの話に進んでしまっていることがしばしばあります。私はCMを作る側も発注側も両方やっていますが、何が商品の差別化ポイントかという議論よりも、見せ方の面白さや広告表現の話が議論の7~8割を占めることも多いのです。
西口:同じような経験がありますね。でも、WHO/WHATの部分が煮詰まらないまま表現で面白いことやっても、伝えるべき便益が不明確になり、投資対効果は絶対良くなりません。
田部:私は広告を作る上でのオリエンが非常に重要だと思っています。「ターゲットはこれで、表現としての振れ幅はこう」というオリエンですと、戦略的な仮説もあって制作しやすいですし、後から検証もしやすいです。逆に、ターゲットや伝えたいことがなく、「自由に面白いものを作ってくれ」というオリエンでは、方向性を見失ってしまいます。
西口:本来は事業主が見極めないといけない、顧客戦略であるWHO/WHATの組み合わせを決めていない、もしくは決めようがないので、それも丸ごとよろしく、と言っているケースですよね。
もしくは「この要素とこの要素を入れて、広告を作ってください」とバラバラの仮説が持ちこまれることもありますが、一貫性がないので、当然クリエイティブ側も制作に集中できません。永遠にクリエイティブ提案をせざるを得なくなって、最終的にはどこかで見たようなフォーマットを真似する、というところに行き着いてしまいます。
ただ、事業主側が掴めていないWHO/WHATを見極めて、クリエイティブに落とし込むことができる優秀なクリエイターの方々もいらっしゃるため、事業主側のオリエンが不十分でも、成功することがあります。そういう方々は商品の魅力を掘り下げて考えて表現を作っているので、ビジネス上のインパクトも残していらっしゃいます。