ダンカンワッツ&ストロガッツの「スモールワールド」
――「これこそ数学の驚くべきパラドックスだ。数学者たちはこの世界を無視すべくどんなに固く決意していようとも、たえず世界を理解するための最良の手立てを生み出しているのだから」――(本文より)
『複雑な世界、単純な法則』は、複雑に見えるネットワークが、実はシンプルな法則に支配されているのではないか? というネットワーク科学の基本的アイディアがどのように分析され、広まっていったかを概説的に紹介する。ネットワーク科学という分野が、どのような議論を経て、また現在にどのような議論をしているのかを知るためには格好の書となっている。
ネットワーク研究に一石を投じたのは、スティーブン・ストロガッツとダンカン・ワッツの師弟コンビであった。彼らが1995年に発表した論文(俗に言うスモールワールドについての論文)は、それまで全体を把握するのが難しかった巨大ネットワークの実像を、数学を用いて具体的に描いたことで大きな話題を呼んだ。以後、インターネットの普及とともに、さまざまな分野でスモールワールドの存在が検討されることになる。
世界を劇的に変えるのは、単純な事実
本書ではスモールワールドについて多くの事例が紹介されているが、簡単に言えば「世界の多くは、見かけよりも単純な法則に支配されている」という認識である。彼らは規則的な格子から始め、そこに少数のランダムなリンクを導入したところ、ネットワーク全体の直径(任意の二つの頂点を結ぶ最短経路の内で、長さが最大のものを求め、その長さを直径という)が極めて小さくなった、という研究結果を出した。
この研究の元になったアイデアは、コオロギの鳴き声の同期化現象にあった。コオロギは、どこかで一匹が鳴きだすと連鎖したかのように広範囲にわたって次々と鳴き声をあげるのである。彼らはコオロギに見られるこの現象を説明するための数学モデルを作り、それを異なった学術領域に応用した。この「スモールワールド現象」は現在、P2Pプロトコル、インターネットとアドホックな無線ネットワークにおけるルーティングアルゴリズム、そしてあらゆる種類の通信ネットワークにおける検索アルゴリズムを開発する際に用いられるようになっている。スモールワールドに必要なものは「長距離リンク」か、「きわめて多数のリンクを持つハブ」の二つであるのだ。
――そう、1929年の『鎖』にはじまったこの単純な事実が、世界を劇的に小さくシンプルにするのである。そしてそのことは、人間関係や言語、河川、脳細胞に至るまで、世界のあらゆる事象に類似点を見つけることができる、ということだ。なんと我々の想像力をかき立てる思考だろうか。
マーケティングにいそしむ向きも、ちょっとだけ立ち止まってその「単純な事実」に目を向けてみてはいかがだろうか?何かが開けるかもしれない。何かにつなげられるかもしれない。
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