企業はストーリーを提供して、顧客を醸成する
大里:チャットアプリなどを活用したリアルタイムな相互コミュニケーションや、レコメンデーションなどAIの活用がますます普及してより1to1マーケティングや顧客とのつながりが生まれると思います。様々なテクノロジーや手法がある中で、お客様とのダイレクトラインを築いた後は何に取り組むべきだとお考えですか?
エリック:企業が顧客とつながっていることを前提として次のアクションを考えるなら、前述した「NEED」と「WANT」がキーワードになります。
これまでのマスマーケティングでは顧客が欲しいモノを調査して、コストをかけてCMを打っていました。ですが、それでは消費者のWANTを引き出すことはできません。個人の趣味・趣向がそれぞれ異なるからです。多くの企業がレコメンデーションにコストをかけているのはこのWANTを引き出すためです。
見た瞬間に「欲しい」と思わせるモノをどう引き出すか。これからの1to1は、ブランド側が一方通行で情報発信するのではなく、琴線に触れるモノをいかに高確率で引き出せるかに注力していくべきでしょう。

大里:顧客の琴線に触れられるレコメンデーションにはどのような視点が必要でしょうか?
エリック:ナーチャリングすなわち顧客を育てることが重要です。企業がブランドからブランドへ導く独自の導線を作っていけば、その導線がストーリーになります。
たとえば、トヨタのクラウンはナーチャリングの成功事例です。1983年に7代目のクラウンが誕生した当時は「クラウンに乗る=ステータス」で憧れの車という位置付けでした。「いつかはクラウンに。」というキャッチコピーは当時の若年層の琴線に触れ、実際に乗れるようになりたいというストーリーを感じさせました。
トヨタはクラウンのような高級車以外にも、ファミリータイプ、ハイブリッド、EVなども網羅したラインナップで全体を通して綿密なストーリーを作り、5年後、10年後の顧客を育成しています。
もう一つ重要になるのが、相手の感情をきちんと汲み取ることです。たとえば、自宅で親の介護をしている人が、しつこく介護サービスを提案されるといったようなレコメンデーションをされると、嫌悪感を抱いてしまうと思います。1to1コミュニケーションにおいて、どう信頼関係を築き、どこから提案をするのか。ストーリーを作り込む必要があります。
大里:ブランドと生活者が双方向でコミュニケーションを行う中で、相手を傷つけてしまうことや、パーソナルな情報が外部に出てしまう可能性もゼロとは言いきれません。深く個人とつながるということは責任もともなうということです。企業は、生活者一人ひとりの心理に寄り添い、プライバシー保護の問題にもきちんと向き合う必要がありますね。
リアル店舗の役割は「体験価値の提供」「WANTを引き出す」
大里:現在、多くの商品はオンラインで買えるようになり、店舗というチャネルの役割は再定義されていく必要があると思っています。エリックさんはどのような場所として考えていますか。
エリック:体験価値の提供という意味で店舗の重要性自体は増していると思っています。たとえば、誰もが本屋へ行くといつもは買わない本を買ってしまう経験があると思います。

エリック:これはECではできない体験で、実店舗はWANTを覚醒させる場所とも定義できます。それがリアル店舗の一番の強さです。ただし、利便性の観点から「店舗には行くが、買うときはオンライン」という行動パターンは根強く残っていくと考えられます。従って「触れるのは店舗、買うのはオンライン」というハイブリッド店舗が今後も増えていき、店舗は体験のために重要な場所という位置付けになっていくと思います。